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羽衣の夢   84 祖母と二人


 滋と友也が寝静まり、弘樹がバルサで組み立てているグライダーの模型を仕上げるんだと言って、勉強部屋へ去った後、登志子は祥一郎の手紙を持って、茶の間へ降りていった。
 そこでは、旅の汗を落とした両親が、楽しそうに加寿とビールを酌み交わしていた。
 くつろいだ雰囲気に、登志子はためらい、明日まで待とうと思ったが、勘のいい加寿が気配に気づいて目を向けたので、しかたなく中に入った。
「あのね、祥ちゃんが知らせてくれたの」
 そう言って父に手紙を渡すと、すぐ目を通した吉彦の頬が緊張で強ばった。
「タバコ屋へ訊きに来たか……玄人っぽいな」
 次に手紙を渡された晴子は、母と寄り添って文面を見た。
「探偵……?」
「じゃないかと思う。 だが、何だって今ごろ」
「それに、誰が頼んだのかしら」
 夫と妻は、瞬時に顔を見合わせた。
 加寿は頭痛がしてきたようで、こめかみを指で揉みながら、悲しげに言った。
「明日、あっちに行ってくるわ。 すぐ事情を確かめなくちゃ」
「向こうで登志子の名前を出したわけだな」
と、吉彦が呟いた。
「それなら問い合わせに、うちへ来るのが普通じゃないか?」
 はっとして、晴子が中腰になった。
「留守電に入ってるかも!」
 登志子も立ち上がって、二人で電話に駆けつけた。
 だが、三通記憶されているうちのどちらも、一家が旅に出ていたのを知らない知り合いの連絡だけだった。
「これからその男、うちへ来るのかしら」
 晴子は珍しく、すっかり落ち着きを失っていた。 加寿は娘の手を握って、強く振った。
「しゃんとして。 誰がなんと言おうと、登志子はうちの家族ですよ」
「でも、法律上は?」
「取り上げることなんかできないはず。 それに、心配するのは早すぎるわ。 調べているのが親御さんとは限らないでしょう?」
「じゃ、誰が?」
「それを確かめに行くのよ」
 加寿の答えは決然としていた。


 その晩、登志子は一人で寝るのが怖くなった。
 高校に入ったときから、ちょっと大人っぽくしてみたくて自分の部屋のベッドで寝ていたが、今夜は誰かに傍にいてほしい。 一階の続き和室に枕を抱えて下りてみたものの、弟たちが大きくなっていることを忘れていた。 敷き詰めた布団の半分以上を、寝相の悪い弘樹と友也が動き回って占拠していたのだ。
 それで登志子は、襖一枚へだてた隣で寝ている祖母のもとへ、そっと忍んで行った。
 廊下のかすかな足音で察していたらしく、加寿は大きな目をパチッと開けて起き上がると、登志子を手招きした。
「おいで」
 とたんに登志子は小さかった頃と同じように、祖母の横にするりと入って、腕に頬を寄せた。
「ここで寝ていい?」
「いいよ〜。 お布団もう一枚出す?」
「ううん、一緒に入れて」
「よしよし」
 祖母の襟元からは、使ったばかりの石鹸と、箪笥に入れている香料の伽羅〔きゃら〕が仄かに匂った。 大好きな香りだった。
「昔なら、十八はもう大人よね」
 登志子が囁き声で訊くと、祖母はうなずいた。
「そうだね。 私らの頃は、女学校にいるうちに縁談が決まって、十七か八で卒業するとすぐお嫁に行く人もたくさんいたわ」
「ここまで育ててもらったんだもの、万一誰かが親と名乗ってきても、行かない」
 登志子は心から言い切った。
「どんな事情があるにしろ、今まで探しに来なかったんだから。 もう時効」








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