表紙

羽衣の夢   82 注目されて


 登志子は困って、目をしばたたいた。
「うちはあまり映画見ないの。 そんなに有名なの?」
「そうね、われわれの親の世代なら、たぶん百パーセント知ってる人よ。 華族のお嬢様だったんだけど、戦後は制度がなくなったから、女優をして働かなきゃならなくなったんだって。
 やっぱり品がいいわよね〜、育ちがいいから」
 あまりじろじろ見ないようにしながらも、登志子は興味を持って、もう一度振り返ってみた。
 すると、たまたま向こうもこちらに目をやっていた。 ぼんやりとした、生気のない視線だったが、登志子の顔に焦点が合ったとたん、不意に鋭くなった。
 穴があくほど見つめられて、登志子はたじろいだ。 にらまれているような気がした。 あわてて向きを戻すと、麻耶がクスッと笑った。
「気にすることないわ。 見られるのが商売なんだから」
「でも、ここには休みに来ているわけでしょう? そっとしてあげないと悪いかも」
「いいって。 サインくれ〜なんてうるさくしてるわけじゃないもの。 ちょっと見るぐらい」
「あの人と話したこと、ある?」
「スタジオで? ううん、彼女テレビにはほとんど出ないし、出ても別格扱いで、ジャリタレには見向きもしない」
「ジャリタレ?」
 麻耶がまたクスクス笑いをした。
「そうかー、深見さんもお嬢様だもんね、知らないんだ。 ジャリは子供のことで、タレはタレントの略。 未成年のタレントのこと」
「ああ、なるほどね」
 麻耶は登志子と同い年だから、まだ未成年だ。 高校は夜学に替わったと聞いた。 それでも仕事が多いから、あまり通えないだろう。


 それから二人は、お互いの近況を少し話し合った。 しかし、背後で異様なほど沈黙を守っている大人の軍団が気になって、途中で切り上げることにした。
「もう出る? なんか空気がぴりぴりしてて、居心地悪いったらない」
「そうね、それに美浦さんそろそろ仕事の時間じゃない?」
 麻耶は手首にぶらさげたブレスレット形の時計を覗くと、口をつぼめてしかめっ面になった。
「ほんとだー。 わ〜、せっかく会えたのに、どうしてこんなに時間が経つのが早いの? もうやだ!」
「また会えるわよ。 近くにいるんだから。 じゃ、お金払って行きましょう」
「はい、お姉さま」
 冷やかされた登志子は、ついリーダーっぽい口調になっていたことに気づいて照れた。
「ごめん、弟が三人いると、あぁしてこぅしてって言うのが癖になっちゃって」
「いいわよ〜、道則兄いに言われるとムカッとするけど、深見さんだとすぐついていきたくなる。 そうだ同い年だけど私、深見さんにお姉さまを求めてるのかも。 こういうのって何ていうんだっけ。 そう、シスコン」
「いやだ、もう」
 ふざけて軽く叩き合ってから、二人は仲良く会計を済ませて、店を出た。
 自動ドアが静かに閉まったとき、登志子は何かの力に導かれるように顔を上げた。
 その目に、店の一角を占領した加納嘉子と取り巻きが映った。 後ろ向きの背中を見せるか、うつむいて飲み物を口に運んでいる一団の中で、加納嘉子だけがこちらを見ていた。
 白い百合の花のような瓜実顔〔うりざねがお〕が、店内に淡く浮き上がって見えた。







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