表紙

羽衣の夢   80 迷う気持ち


 高校三年一学期の終わりに、進路調査があった。
 登志子は内部進学に○をつけた。 看板娘を他所に取られなくてすみそうなので、学校側は喜んだが、中には不思議がる先生もいた。
「君の実力なら、一流国立大学を余裕でねらえるんだよ」
 駅までの帰り道、偶然一緒になった数学の教師が、登志子にそう言ったことがあった。
「試しに受けてみようとは思わないのかい?」
「思いません」
 その日も群れてきた一年生の女子二人が両腕にしがみついている中、登志子はさばさばと答えた。
「なぜ? 挑戦したくないの?」
「こちらの学校で大事なことは教えてもらっているし、他にも習い事をしていますから、時間がないんです」
「これは堂々と言うな〜」
 藤木先生は圧倒されて笑い出した。
「じゃ他の方面から攻めてみようか。 一流校には将来性豊かな婿さん候補がひしめいてるよ。 君なら選り取りみどりじゃないか?」
 登志子は一呼吸置いた。 その間にひらめいたのは、戦前の帝都大学卒業の父が尋常女学校出の母に一目惚れして、生まれ変わってももう一度結婚したいと子供たちの前でのろけている姿だった。
「結婚は、ビビッと来る人としたいです。 将来性だけじゃなく。 生意気言いますけど」
「生意気じゃないですよぉ、ねぇ先生?」
 右側にくっついていた山田英美〔やまだ えいみ〕が、憧れの先輩の肩を持った。 当然、左側にいた増川洋子〔ますかわ ようこ〕も負けじと続いた。
「やっぱり好きかどうかが一番ですよね〜。 私も恋愛結婚賛成!」
 すると藤木はあいまいな微笑を浮かべた。
「そうだよな、まだ夢見る年頃だもんな。 でも現実はきついよ。 今にわかる」
 駅構内でホームが分かれると、親衛隊二人はさっそく藤木をけなし始めた。
「恋愛結婚で何が悪いの? ロマンスのかけらもないわよね、あの先生」
「夢なんか忘れちゃったんじゃないのー? もう年だから」
 登志子は目をしばたたいて、何も言わなかった。 考えてみると、ビビッと来たことなんかないのに改めて気づいたからだ。
 雑誌や小説では、これという人に逢うと胸が高鳴ったり、身体が熱くなって汗が出る、みたいなことが書いてあるが、そんな経験はいまだかつて一度もない。
 前はそれで平気だった。 特別な人が見つからなければお見合いすればいい、と気楽に考えていた。 でも今は嫌だ。
 なぜ嫌なのかわからないけれど、ともかく無性に恋がしたかった。


 そんな落ち着かない気持ちでいるときだったから、ふと魔が差したのかもしれない。
 夏休みが近い七月の半ば、今や有名タレントになっている美浦麻耶からしばらくぶりに電話が来たとき、都心で会って話そうという誘いを、登志子は珍しく親に話さず受けてしまった。







表紙 目次前頁次頁
背景:kigen

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送