表紙

羽衣の夢   76 大切な存在


 その後、二人は寄り添って、ゆっくりと公園を抜けた。 どちらも、もう秘密はなくなったという安心感に包まれていて、落ち着いた足取りだった。
 車がぶんぶん通り抜ける表通りに出たところで、加寿がそっと尋ねた。
「登志ちゃんが事情を訊きに行ったの、誰?」
 登志子は一瞬考えた。 誰から聞いたか黙っていると約束したけれど、祖母は感謝している。 隠すより言ったほうが公平なのではないか。 それで、気負わずに、淡々と答えた。
「祥ちゃん、中倉の」
「ああ……」
 息を呑むようにして、加寿は胸に手を当てた。
「登志ちゃんは、あの子を頼りにしてるのね」
「周りにいるみんながそうじゃないかな。 祥ちゃんは落ち着いていて、考え深いから」
「そのとおりだわ。 こんなにうまく、登志ちゃんを納得させてくれるなんて。
 私たちずっと考え抜いてきたのよ。 登志子を傷つけずにどうやって話せばいいかを。
 でも打ち明ける勇気がなかった。 生みの親について、何もわからないし。 私たちねぇ、登志ちゃんの実の家族でいたかったのよ。 ずっとそう思い込んでいたかった」
「生みの親か〜」
 自分でも不思議だが、それまで登志子は本当の親がどんな人か、ほとんど考えなかった。 心を占めているのは、深見の家族だけ。 その存在があまりにも大きく、晴子と運命の出会いをする前に別の人生があったとは、想像もできなかった。
「誰も私を探しに来なかったんでしょう?」
 登志子の問いに、加寿は眉を曇らせた。
「ええ。 しばらく晴子を引き止めて、待っていたのよ。 晴子は一日も早く、石神井に登志ちゃんを連れていこうとしてたけど。
 あのとき親御さんが現われて、あんたを連れていってしまったら、晴子はどうなったかわからないわねぇ」
 木枯らし一号を思わせる冷たい風が、二人に吹き付けてきた。 登志子は手を伸ばして、別珍のショールからはみでた加寿の指を、くるむように握った。
「手が冷えてきてる。 早く帰りましょう」
「あんたも頼もしいわ」
 そう言った後、加寿はようやく笑顔になった。


 美しい夕焼けのもと、二人が手を繋いで、赤とんぼの歌を小さく合唱しながら帰ってきたのを見て、晴子はくすくす笑いながら出迎えた。
「おかえりなさい。 とってもご機嫌ね。 いい物買えた?」
「そうとも言えるわね。 買物よりずっといいことあったから」
「へえ、なに?」
 三人が玄関に入り、戸が閉められた後に、答えが声を落として告げられた。
「登志子が話したいことがあるって。 晴さんと二人だけで」
 先に立って玄関から上がろうとしていた晴子の背中が、板のように強ばった。








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