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羽衣の夢   74 家族音楽会


「ただいまー」
 いつもの通り、元気に言いながら玄関に入った。 明るい黄金色の光が迎えてくれた。 その光が普段よりいっそう輝いて見えたのは、気のせいだろうか。
 登志子の声を聞きつけて、茶の間の襖が開き、友也が転がるように出てきた。
「おかえりー」
 同時に二階からバタバタと足音が降りてきて、床に着かないうちにドンッと数段上から飛び降りた。
「おっかえり〜。 今夜はビーフシチューだって!」
 十四歳の食べ盛りで、弘樹は食事のことばかり気になるらしい。 そんな兄に比べて、末っ子の友也はおっとりと優しかった。
「外、寒かったでしょう。 今日こたつ出したんだよ。 あったかいよ、早く入って」
 出迎えてくれた二人に、登志子は胸が熱くなった。 家にいれば、たいていこうして顔を見せてくれる。 いつものことなのだが、今夜は特別にありがたかった。
「ただいま〜。 シチューかぁ。 おいしそうね」
 末弟に手を引かれるまま、登志子は靴を脱いで下駄箱にしまい、コートのボタンを外しながら茶の間に行った。 弘樹も低く口笛を吹きながら後をついてきた。
 母と祖母は台所にいるらしく、楽しそうな笑い声がかすかに聞こえてきた。 珍しく父が早く帰ってきていて、パジャマにどてらという暖かそうな姿でコタツに入ってくつろいでいた。
「おう、おかえり登志子、大学祭はどうだった?」
「ただいま。 にぎやかで活気があったわ」
 青いコートをとりあえず壁のフックにかけた後、登志子は買った物をバッグから取り出して、卓袱台〔ちゃぶだい〕に載せた。
「これお土産。 手作りで模様がかわいいの。 ちゃんと使えるし。 好きなのをどうぞ」
 一つ一つ形や絵がちがう素朴な楽器に、父も興味を示した。
「ほう、こっちはタンバリンだな。 この土笛は?」
「南米のもので、オカリナっていうの」
 さっそく弘樹が渦巻模様の笛を取って、ボーボーと吹き鳴らした。 登志子が、自分の声で音階が作れることを教えると、彼は気に入った様子で、スチャラカ音頭を軽快にやりはじめた。
 突然始まった妙な音楽会に、晴子が廊下を横切って顔を覗かせた。
「どうしたの? あら登志子、帰ってた?」
「今帰ってきたばっかり。 これ大学祭で買ったんだけど」
 いつの間にか友也と父まで参加して、茶の間はチンドン屋が迷いこんだような騒ぎになっていた。
 母は笑いながら身をかがめてタンバリンを一つ取り、拍子を合わせて叩き始めた。 すぐに二階から滋が降りてくると、腰に手を当てて賑やかな家族に負けない大声を出した。
「ねえみんな、勘弁してくれよ〜! 明日書き取りの試験があるんだからさ〜」
 晴子が陽気に言い返した。
「勉強はまた後。 もう夕飯の時間よ」







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