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羽衣の夢   71 秘密の終焉


 珍しく動揺した登志子の姿を、祥一郎は二秒ほど無言で見つめていた。
 それから小さく息を吐き、弟ともどもホームの先のあまり人のいない場所に連れて行った。
「ちょっとこっち」


 そこはもう屋根のない空間で、菫色になった上空に散らばる雲の一角が光を遮り、三人を淡い墨絵のように見せていた。
 祥一郎は真剣な表情になって、登志子の目を探るように視線を据えた。
「謝らなきゃいけないな、俺たち」
 登志子は普通にしゃべろうとして失敗し、小さく声を震わせた。
「謝るって? 何のこと?」
 結二がかすかに喉を鳴らした。 陽気な顔が急激に変化して、頬にこけたような影ができていた。
「まさか、知らないの?」
「そのまさかだよ。 こんなに驚いてるんだから」
「うわ……!」
 派手に頭を抱えた結二は、その場でくるりと後ろを向いて、両手を突き上げた。 動作の大きい性格らしかった。
「参ったな! まだ聞いてないなんて思わなかった。 だって安西のおばさん(加寿のこと)言ってたじゃない。 ちゃんと話すって」
 登志子は激しくまばたきした。 遠まわしな言葉が、なまくらな刀のように胸に食い込む。 わからないままに不安が心をむしばみ、登志子は生まれて初めて金切り声を上げたくなった。
「お祖母ちゃんが私に話せないこと? じゃ、二人が教えて」
「でも」
 結二がためらっても、登志子の決意は変わらなかった。
「祥ちゃんたちから聞いたなんて誰にも言わない。 でも教えてくれないなら、うちに帰ってお父さんに訊く」
 そして、真剣な瞳で兄弟に訴えかけた。
「お願い。 ぜったい二人に迷惑かけないから」


 祥一郎は一瞬、顔をくしゃくしゃにした。
 それから左手と右の拳をパンと辛そうに打ち合わせた後、声を低くして語り出した。
「うちのばっちゃんに聞いた話だが、登志ちゃんのお母さんは終戦の年の二月に赤ちゃんを産んで、すぐ亡くしたんだそうだ。 近くの親しい人だけ招いて葬式を出したって}
 終戦の年?
 一九四五年──それは登志子の生まれた年でもあった。
 一年に二人、子供ができるのは、ごくまれにある。 年の初めと終わりに一人ずつ生まれるのだ。
 だが、登志子が生まれたのは年末ではない。 その二月のはずだ。
 ずっとその日を誕生日として祝ってきた。
 ありえない!
 足元が突然冷えて、感覚がなくなりはじめた。
 祥一郎の声は淡々と続いた。
「でもそれから少しして、晴子さんはまた赤ちゃんを抱いてた。 すぐ下町を出て、元の家に戻っていったから、赤ちゃんをよく見た人はいないけど、後から安西のおばさんが来たとき、あの子を登志子として届けたから、前に生まれた赤ん坊のことはどうか黙っておいてくれ、と皆に頼んだんだ」








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