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羽衣の夢   70 迫りくる謎


 帰りの電車の中でも、登志子は祥一郎と楽しく雑談を続けた。
 乗り換えも待たずにうまく行き、阿佐ヶ谷の駅に着いたときには、まだ薄暮の状態で、空には太陽の残照と青白い月影が同居していた。
 ホームに下りるとすぐ、登志子は祥一郎に笑顔を向けて言った。
「今日はほんとにありがとう。 また借りができちゃったわね」
 借り? と祥一郎は呟き、不思議そうに登志子の顔を見た。
「ほら、昔のいじめっ子のときの。 さっき孝ちゃんが言ってたでしょう?」
「ああ、あんなの気にしてんの?」
 祥一郎は喉の奥で笑った。
「もう忘れなって。 登志ちゃんはみんなで守るべき存在なんだから、当然だよ」


 不思議な言葉だ。
 みんなで守るべき存在……。
 見た目美人の女の子に捧げられるお世辞ではなかった。 祥一郎はそんな歯の浮くようなことは言わない。
 ふと心の奥に違和感が渦巻いた。 今、目の前に広がっている夕暮れのざわめきの向こうに、まったく別の世界が存在しているような、この奇妙な感覚は、いったい……。
 眉をひそめて、登志子は祥一郎に訊き返そうとした。
 なんでみんなで守るの? 私の何が特別なの?
 しかし、口を開こうとしたその瞬間、誰かの手が祥一郎の肩をポンと叩いた。
「よう! こんなとこで何してる? 部品の買い付け?」
 振り返った祥一郎は、自分より少しだけ背の低いほっそりした少年を見つけて、目をしばたたいた。
「あれ、おまえこそ何で?」
 二人を見比べて、登志子は気づいた。 よく似ている。 すっきりした鼻の線とか、顎の形とか。
「結ちゃん?」
 いきなり呼びかけられて、今度は少年が驚く番だった。 不審げに年上の美少女を観察しているうちに、はっと気づいた。
「えーっ、まさかの登志ちゃん?」
「そうよ。 でも、まさかって」
 結二は聞いちゃいなかった。 すぐ兄に視線を移すと、遠慮なく言った。
「近づいちゃいけないことになってんだろ? やばいよ、もっと気遣わなきゃ」


 登志子はたじたじとなった。
 さっきの、皆で守るべき存在、という言葉以上に、結二の発言は衝撃だった。
 目の前にいる中倉家の兄弟を、登志子は食い入るように見つめた。 男子二人はどちらもその視線に耐え、目をそらさなかった。 二人とも気の強さでは負けていないのだ。
「どういうこと?」
 登志子はなんとか問いの言葉を絞り出したが、その声はかぼそかった。







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