表紙

羽衣の夢   68 学祭会場で


「ここまで登志子ちゃんと一緒に来たんだから、案内は俺にやらせろよ。 祥一は後ろだからな」
 孝治は冗談半分に祥一郎を牽制し、登志子の背中を囲うようにして、込み合った校内に入った。
 祥一郎は苦笑しながら、孝治の横を歩いた。 晴れた小春日和の中、模擬店は派手に店じまいセールを行なっていた。 登志子は手作りのカスタネットとオカリナに興味を示し、加寿が作った丸い布のバッグから財布を出して、三つずつ買った。 野球帽を被った店主は大喜びで、新聞紙で包む代わりに、隣の女子学生の店に並んでいた小ぎれいな紙バッグを一つ拝借して、商品を入れてくれた。
 すぐ隣の子が気づいて、店主をぶってきた。
「ちょっとー、それ売り物よー」
「悪い。 後でコーヒーおごるからさ」
「どうせならお汁粉にしてよね。 今年のコーヒー店、濃すぎて胸やけするって」
 困った登志子が袋を受け取りかねていると、孝治がさっさと取って渡してくれた。 野球帽の店主は耳まで広がる笑顔になって、大声で言った。
「まいどありがとうございま〜す」


 また三人で歩き出したところで、孝治が訊いた。
「そんなに沢山買って、どうするの?」
 もらったのが大きめの袋だったので、中にバッグも一緒に入れながら、登志子は答えた。
「弟たちにもあげるの」
「滋ちゃんたち? そうだね、喜びそうだな」
 相槌を打った後で、孝治はふと気づいた。
「そうだ、さっきお汁粉のこと言ってたよね。 ここの熱くておいしいんだよ。 食べに行かない? あったまるよ」
 祥一郎がぽつりと言った。
「おれ、甘い物より濃いコーヒーがいいな」
「ああ、両方とも近くでやってるから」
 そう言った後で、孝治は頭に手をやった。
「しまった。 探させときゃよかったな。 そうしたら登志子ちゃんを独り占めできたのに」
「こんなに人だらけで、独り占めって」
 祥一郎が、くすっと笑った。 すると孝治がむきになって言い返した。
「一対一ってのがミソなんじゃないか。 ほら、みんな登志子ちゃんを見てるだろう? こうやって一緒に居たら、あら、あの美人もしかして、あの……」
 妙な声色を作った孝治を、祥一郎が混ぜ返した。
「ごっついお兄さんの妹かしら、ぜんぜん似てないわねー、とか?」
「くそ、こいつー」
 孝治が横を殴る真似をして、祥一郎はわざと体を丸めた。
「おっと」
「ほんと憎たらしい。 おまえもう帰れよ〜」
「やだね、わざわざ来てやった電車代がもったいない」
「じゃ、なんか買え。 学祭に貢献しろ」
 そのとき、傍を通りすぎた女子二人が、声をひそめて囁きあっているのが風に乗ってきた。
「かっこいいねぇ、この大学の人?」
「違うわよ〜。 あんな二枚目、見たことないもの」
 登志子は笑いそうになって、下を向いた。 私よりよっぽど祥ちゃんのほうが目立ってるみたいだ。
 孝治は苦虫を噛み潰したような顔になって、天を仰いだ。
「ほら見ろ。 おれ引き立て役にされてる気がするぞ」
「気のせいだよ」
 なんだか当惑した様子で、祥一郎が呟いた。
「それよりさっさと食べに行こうぜ。 日がかげって寒くなってきた」
 見上げた空の色に気づいた孝治も、急いで登志子に微笑みかけた。
「じゃ、行く?」
「はい」
 登志子も笑顔で答え、いつの間にか二人に挟まれる形で、足を踏み出した。







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