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羽衣の夢   67 二人で歩く


 祥一郎の左側は空いていた。 だが彼は動かず、衣服の上からではあるが、腿が密着した。
 登志子は少し固くなって、じっと座っていた。 不意に話題が思い出せなくなり、ふんわり伝わってくる体温に意識が集中した。


 タバコ男たちは、次の新宿駅で降車した。
 ただし、登志子たちもその駅で降りて、地下鉄に乗り換えることになっていた。
「行こう」
 祥一郎にうながされて、登志子も立ち上がった。 そのとき、忘れ物をした気がして座席をふりむいた拍子に、電車の出入り口に爪先を引っ掛けそうになった。
 よろめいた登志子を、祥一郎の手が支えた。 ホームに降り立ったとき、二人は半分抱き合うような体勢になっていた。
 どきっとして見上げると、祥一郎は微笑んでいた。 ほころんだ口元の形のよさに見とれて、視線を釘付けにしていると、低い声が降って来た。
「意外とドジなんだな」
 それを聞いて、登志子も笑顔になった。
「意外でもないのよ。 ほんとにドジなの。 洗濯物取り込んでて、小鳥の声が聞こえたら聞きほれて、残りを忘れちゃうとか」
「それ、ドジっていうよりロマンチストなんじゃ?」
「えー?」
 登志子は声を出して笑った。
「ロマンチックとか乙女チックとかは、ない。 読む本だってロマンスじゃなく、推理小説だもの」
「はあ?」
 祥一郎は本気で驚いたようだった。
「推理物? ホームズなんか?」
「それも前にあったけど、最近は松本清張」
「しぶい」
「種明かしすると、父の本棚にあったのを読んでるだけ」
「ああ、そういうことか」
「そうなの。 面白いから通勤のときの時間つぶしに買ってるんですって」
 並んで歩きながら、祥一郎は少し考えて言った。
「『波の塔』なんか、ロマンスがからんでたよ」
 登志子は目を大きくした。 純粋理科系と聞いていた祥一郎が、松本清張を読んでいたとは知らなかった。
 仲間ができたような気がして、声が弾んだ。
「そうなの? まだ読んでない。 お父さん買ってくるかなぁ」
「悲恋だけどな。 よろめきっていうか」
 自分で言っておいて、祥一郎の頬が薄く染まった。


 目的の駅を出て、大学へ歩いて向かう間も、二人は話しつづけた。 話題はいくらでもあった。 お互いの学校のこと、祥一郎の弟である結二のこと、ブリキのおもちゃから転身してプラモデルの部品作りになった彼の父の工場について、などなど。
 登志子と同じように、祥一郎も彼女の話を興味深く聞いてくれた。


 校門には巨大なアーチが取り付けられていて、歓迎の文字と造花が光り、それになぜか吹流しがたくさんたなびいていた。
 大きく開いた鉄門の内側で待っていた孝治は、登志子を見てパッと笑顔をはじけさせたが、隣にいる祥一郎を発見したとたん、その笑顔が薄らいだ。
「おっ、来たんか」
 男子同士の間に緊張が走ったのを感じて、登志子は素早く説明した。
「ここへ来る道がよくわからなくなっちゃって。 だから悪いけど頼んだの。 電話番号知ってるの、祥ちゃんだけだから」
 前の二人を見比べていた孝治の目が、すっと和らいだ。
「そうか、昔のいじめっ子の件でな」
「あのとき、孝ちゃんもいたの?」
 驚く登志子に、男子二人はそろってにやにやした。







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