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羽衣の夢   66 車内の会話


 真っ白なタートルネックのセーターに紺色のスカート、ブルーのハーフコートという、さっぱりとした服装で、登志子は駅までバスで行った。
 ホームの階段を下りていくと、手すりに軽く寄りかかっていた祥一郎が顔を上げた。 探さなくてもすぐ会えた。 嬉しくなった登志子は、足を速めてすべるように駆け下りていった。
「待った?」
「いや」
 ダスターコートを着た祥一郎は、銀色の腕時計をちらっと見た。
「駅に着いて四分ってとこだ」
 そこへすぐ上りの電車が入ってきて、二人は肩を並べて乗り込んだ。


 学祭の最終日は日曜日。 乗客は平日よりぐんと少なかった。
 長い座席に並んで座ると、背後の窓から昼前の日光が射し込んできて、首筋がぽかぽか温かかった。
「いいお天気。 お祭りの最後が晴れでよかったわね」
「ああ。 締めに校庭でボンファイアーやる予定らしいから、雨じゃなくてよろこんでるだろ、きっと」
「それ焚き火みたいなの?」
「そう。 祭りの看板とか骨組みとか古くなった机なんかを盛大に燃すって。 そして周りで肩組んで歌うんだと」
「楽しそう」
「そうか? なんかこっ恥ずかしくない?」
「別に」
 そう答えて、登志子はにこにこした。
「歌声喫茶みたいだと思う。 でも暗くなる前に帰るから、見られなくて残念」
「歌声喫茶行ったことあるのか?」
「ないわ。 喫茶店って、入ったことないの」
 当時、普通の中高生は、たとえ上品な名曲喫茶でも、あまり行かなかった。 ましてパチンコなどの遊興店や玉突き場に入ったら不良とみなされ、学校の補導員に引っ張られて、成績に傷がついた。
 祥一郎はゆるやかにうなずいた。
「そうか。 登志ちゃん高校二年だもんな」
「そして祥ちゃんは大学一年。 大学って、どんな感じ?」
「なんか、いろいろだらしないって感じ。 よく言えば自由だけど」
「たとえば?」
「今のところは一般教養で、わりと授業が多いが、二年になると専攻科目が入ってきて、自分で課目を選ぶんだ。 すると時間が偏って、午後だけ二時限とか、朝と夕方でバラけるとかなるんだってさ」
「空いた時間がもったいないわね」
「そうなったら、たぶんバイトを増やす」
「なんだ、ちっともだらしなくなってないじゃない。 勉強して働いて、休む暇なし。 うちの学校のほうがずっと暇で、申し訳ないぐらい」
「登志ちゃんの学校はバイト禁止だろ?」
「まあ、そう」
 登志子は言葉を濁した。 表向きはだめだが、こっそりウェイトレスやモデルをしている友達がいた。
「そして大学まで連続で行ける。 ちょっと見は楽だけど、でも知ってるよ。 成績が基準以下だと、そっと辞めさせられるんだよな。 勉強はけっこう厳しいはずだよ」
 確かに。 落第生は毎年いる。 高い水準の授業についてこられなくなると、たいていは自主的に退学していくが、たまに苦情を申し立てて残る生徒もいた。 それで進級試験が設けられたのだ。


 次の駅で電車が止まり、数人が乗ってきた。
 登志子の横に座ったのが、タバコの煙を煙突のように吹き上げている中年男性二人組だったので、登志子は思わず祥一郎のほうに腰をずらせ、二人はぴったりくっつく形になった。










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