表紙

羽衣の夢   65 一人じゃ嫌


 学祭の最終日は土曜だったので、登志子はその日の午後に行くことにした。
 最近、週末は接待に呼ばれることが多い父が、珍しく家にいた。 だから登志子は、お母さんと三人で行かない? と誘ってみたが、吉彦は笑ってかぶりを振った。
「あれは若い子の集まりだよ。 卒業生か学生の親ならともかく、こっちが行ってもお邪魔虫だ」
「そんなことないと思うけど」
 登志子はちょっとがっかりした。 壮年になってもすっきりした体型を保ち、こめかみに出た白髪がいい味を出している父が、自慢だったのだ。
 風邪が治った母の晴子も残念ながら断ってきた。
「お芝居に行こうと思うのよ。 お母さんが高梨のおばさんのことでがっかりしてるでしょう? だから慰めに、新宿コマにでも」


 めったに一人で行動しないツケが、こういうときに回ってきた。 水上孝治は、正門のところで待ってるから、と言ってくれたが、そこまで行くのが気が重い。 三津子は自分が誘われなかったのでふくれているらしく、前の晩に電話で誘ってみたものの、おばあちゃんの喪があるからその気になれない、と断られてしまった。
 悩んだあげく、登志子は不意に思いついた。
 そうだ、祥ちゃんに訊いてみよう。
 駄目でもともと。 電話番号を書きとめた手帳を持って、茶の間に向かった。


 電話に出たのは、高い声のお母さんだった。
「あら登志子ちゃん? 一昨日のお葬式で見かけたわよ。 べっぴんさんになったわねぇ。 加寿さんとは話せたんだけど、あなたには遠くて挨拶できなくて、ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
 登志子は恐縮した。 知り合いの小母さんたちとも話したかったが、参列者が多すぎて席が離れてしまったため、近寄れないままに終わったのだ。
「うちに電話ってことは、まさか加寿さんに何か」
「いいえ元気です」
 今度は慌てた。
「祥ちゃんに……祥一郎さんにちょっとお願いしたいことがあって」
「んまあ」
 中倉夫人の声が、楽しげに上ずった。
「あの子に用事? まあ何かしら。 待ってて。 すぐ呼んでくるから」
「すみません」
 手もちぶさたに受話器を持っていると、顔が熱くなってきた。 どうやら中倉のおばさんは、登志子がかけた動機を誤解しているらしい。
 別にデートの申し込みじゃないのよ。
 そう呟くと、なぜかますます顔が火照った。


 保留のメロディーが間もなく途切れ、きびきびした祥一郎の声が聞こえてきた。
「登志ちゃん?」
 無意識に登志子は姿勢を正した。
「はい、急にかけてごめんなさい。 忙しかった?」
「ぜんぜん」
 あいかわらず無頓着な答えが返ってきた。 登志子は、中倉夫人の対応で少しへたれた気持ちを奮い起こし、できるだけあっさりと訊いた。
「あの、孝ちゃんの大学祭なんだけど、どう行くのかよくわからなくなっちゃって」
 やだ、これだと道だけ教えてくれて、それで終わりになっちゃう。
 登志子が頭をかかえていると、予想外の返事が聞こえた。
「じゃ、連れてってやるよ。 これから家出るんだろう?」
「うん!」
 とっさのことで、子供みたいな相槌になった。 嬉しさは伝わったようで、祥一郎の声も明るくなった。
「阿佐ヶ谷の駅で待ってな。 すぐ行く」







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