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羽衣の夢   64 葬儀を終え


 下町グループには、なぜか女子が少なく、三津子の他は中野春香〔なかの はるか〕という車の修理工場の子だけだった。
 春香はひょろりとした少女で、学年は三津子や登志子の一つ下。 おとなしいので、三津子の子分みたいになっていた。
 会食が終わると、三津子を手伝って女子二人はごく普通に、湯呑みや食器を集めにかかった。
 見ると男子も数人残り、卓の片付けをやっていた。 その中には良太と並んで祥一郎もいた。
 部屋がすっきりすると、良太が汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、残っていた若い連中に言った。
「ありがとう、ほんと助かった。 こっちは葬儀代に入ってないんで、後始末も自分たちでやらないといけないんだ」
「自前だったのか? おれ山ほど食っちゃった。 悪い」
 素っとんきょうな声を出したのは、水上孝治だった。 昔は線が細かったのに、今では柔道部に入っているとかで、土壁のようにどっしりしている。 この筋肉を維持するには、相当な食事量が必要だろう。
 良太は笑って首を振った。
「いいって。 たくさん食べてくれたほうが、ばあちゃん喜んだよ」
 そこへ良太たちの父、つまり亡くなった須江の長男である高梨牧男〔たかなし まきお〕が入ってきて、改めて若者たちに礼を言った。
「どうもありがとな。 戦後は『人情紙のごとし』なんて言われてるが、そんなこたぁない。 みんな頼もしいよ。
 これからもよく動いて皆にかわいがられて、立派な社会人になってください。 大したことはできないが、おれも応援するよ」
 そう言って彼が配ったのは、高梨一族が都内あちこちで開いている大衆食堂チェーンの割引券だった。 高度成長期に足を掛けたとはいえ、苦学生や短大生、それにもう家業を継いで働いている者など、若い世代は金回りがいいとは言えず、みんな喜んで券を受け取った。


 葬儀で、比較的遠くから足を運んでいるのは、前橋に住む須江の弟夫妻と、加寿たちぐらいだった。
 その二家族のために、瑶子がタクシーを呼びに行った。 来るまで三津子と春香が登志子の傍にいて、通っている都立高校の話や、好きなテレビ番組のことで盛り上がった。
 登志子は主に聞き役だった。 活き活きした表情で相槌を打ち、ときに的確な質問を返して、楽しそうに笑い合っている。 孫が同年代の友人と話しているのを見る機会が少ない加寿は、興味を持ってじっと眺めていた。
 そして思った。
 この子は人そのものが好きなのにちがいない。 相手をよく知ろうとし、やわらかいクッションのように弾力ある態度で受け止め、裁かないで受け入れる。 だからこんなに慕われるんだ。


 やがて大型のタクシーが到着した。
 弟夫妻がそそくさと乗り込み、加寿と登志子も後部座席と助手席に分かれて乗ろうとした。
 そのとき、水上孝治が後ろから押されるように飛び出てきて、うわずった声で登志子に尋ねた。
「あのー、うちの学校、学祭が遅くて今ごろやってるんだけど、来ない?」
 車のドアに手をかけたところで、登志子は振り向いて微笑んだ。
「高校生でも行っていいの?」
 孝治は声を弾ませた。
「もちろん! 明後日までなんだ。 いつ来られる? 案内するよ」
「えぇと、どうやって行けば?」
 良太が孝治を突っついて囁いた。
「どこの大学って言ってない」
「あ……M大! 下りる駅は」
 聞き取りにくいほど早口になって、孝治は懸命に道取りを登志子に教えた。








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