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羽衣の夢   63 若者たちと


 しめやかに葬儀が終了した後、須江の親戚と特に親しかった人々が、別室に場を移してお浄めの会食に入った。
 加寿が下町仲間に囲まれて、故人の思い出話に涙ぐんだり、時にはほのぼのと微笑んだりしている傍ら、登志子は若手グループのほうに引き入れられて、近況を語り合うのに忙しかった。
 前から登志子のファンの三津子は、横にべったり座って離れようとしなかった。
「ときどき皆で話してたのよ。 おばあちゃんがね、二週間ぐらい前に、登志子ちゃん大きくなっただろうな〜って言ってた。
 ねえ、どうして来なくなったの?」
 登志子は答えに困った。 別に下町へ行くのに飽きたわけではない。 ただ登志子が中学に入った頃から、加寿が弟の滋を連れていきたがるようになっただけだ。
「さあ、特に理由はないんだけど、いつも私だけじゃ弟たちに悪いから、滋を連れてくことにしたんじゃないかな」
「じゃ、加寿おばさんが決めたの?」
「そうね、最近あんまり誘ってくれないみたい」
 冗談めかして登志子が話すと、横で聞いていた三津子の兄の良太が、言わずにいられないように口を挟んだ。
「登志子ちゃん目立つからじゃない?」
 すぐに周りから賛同の声がさざなみのように上がった。
「そうだよ」
「すごく綺麗だから」
 以前三角ベースで騒いでいた連中が、借りてきた猫のようにおとなしくなって、登志子を遠巻きにしていた。
 登志子はますます困った。 長く連ねた座卓の向かい側で、静かに食事を口に運んでいる祥一郎をのぞいて、皆がよそ行きの顔をしている。 みんな豆紳士にならないで、祥ちゃんみたいに普通にしてくれればいいのに、と登志子は思った。
 急いで話題を変えようとして、登志子は良太に明るく言葉を返した。
「別に目立ってるとは思わないけど。 良ちゃんのほうこそ、ずいぶん背が伸びたのね」
 三津子がここぞとばかりに声を上げた。
「お兄ちゃん一八三センチもあるんだよ。 しょっちゅう鴨居にぶつかるから猫背になっちゃって、おまけに足もデカくて、おばあちゃんもバカの大足だって」
「うるせーよ」
 けなされて怒った良太が食卓越しに長い脚を伸ばして、妹を蹴ってきた。 慣れているらしく、三津子はパッと避け、敷いていた座布団を持って兄の大足をぐいぐい押し戻そうとした。
「あっちへやってよ。 水虫がうつる」
「水虫なんかないぞ! よくもそんな嘘を!」
「やめなさい! 三津子も良太も、ここが何の席か忘れたの?」
 横の座卓から二人の母である高梨瑶子〔たかなし ようこ〕の叱り声が飛び、兄妹はしゅんとなって姿勢を正した。
 すると、それまで無言だった祥一郎が目を上げ、呑気な口調で話し出した。
「水虫ってば、おれの学校にも多いみたいで、むれるといけないっていうんで下駄はいて登校する奴いるんだよ。 音がうるさくて、とうとう禁止になった」
 祥一郎の隣に席を取っていた上総君夫〔かずさ きみお〕らしいハンサムな青年が、会話に加わった。
「おまえの大学ってさ、寮もすごいみたいだな。 どっかの男子寮で朝から晩までマージャンやってて、ゴミを回り中に積み上げてたら、部屋の真中だけが四角く残ってさ」
 クスクス笑いが始まった。
「いつもそこに座ってて、とうとう畳が腐って床が抜けたんだよな?」
 爆笑と、ウソだろーという声が入り混じった。
 祥一郎は平然とうなずいた。
「ああ、そうらしいな。 先輩の話だけど、すげー汗っかきな」
「きったねー」
 想像を絶する男の世界だ。 それがいわゆるバンカラ学生というものなのだろうか。
 ほがらかに笑っている若者たちを、瑶子が力を入れて睨んだが、登志子も笑いを押さえきれなかった。







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