表紙

羽衣の夢   62 久方の再会


 その年の十一月、高梨須江が脳溢血〔のういっけつ〕で亡くなった。
 下町(今は千代田区に編入されているが)での加寿の親友で、四ヶ月前に観光バス旅行に連れ立って行ったばかりだったので、いつも落ち着いた加寿もさすがに取り乱し、涙に暮れた。
 葬儀には晴子が一緒に行くはずだったが、急に寒くなった影響を受けて、風邪を引いてしまい、代わりに登志子が祖母と出席した。


 その日も北風が強く、まるで一足飛びに冬が来たような気温になった。 加寿は喪服の上にウールのコートを重ね、登志子も制服にオーバーを羽織った。
 駅からタクシーで葬儀場に向かうと、門の近くに孫の三津子が待っていて、加寿の後ろから登志子が降り立つと、駆け寄って二人に抱きついてきた。
 そのまま言葉もなく、三人は寄り添って涙を流した。 そこへひょろっと背の高くなった兄の良太が妹を探しにやってきた。
「あ、安西のおばさん、よく来てくださいました」
 それから彼は、眩しげに登志子を見た。
「登志子ちゃん? 大きくなったなあ」
 そう言えば、もう四年以上こっちには来ていない。 登志子は若木のような良太に控えめな笑顔を返しながら、道でひょっこり逢ったら、これがあの真っ黒に日焼けしていた良太少年とは気づかなかったかもしれない、と思った。
 このたびはご愁傷さまで、という低い挨拶が繰り返され、二人は沢山の知り合いに取り囲まれるようにして、和室の式場に入った。
 白菊に囲まれた遺影は微笑んでいた。 親切で気前がよく、竹を割ったような人柄だった須江は、多くの人に愛されていて、式の開始直前まで次々と参列者が訪れ、広い式場からあふれそうになった。
 そのため、座布団が足りなくなってきた。 葬儀社の若手社員が補充のため、腕一杯に持ってきたのを、登志子が並べる手伝いをしていると、横でもてきぱきと広げている腕があって、登志子と肘が触れ合った。
 どちらも同時に顔を上げ、目を見交わした。 とたんに登志子は嬉しくなって、小さく声を立てた。
「祥ちゃん」
 でも、自分で言っておいて、すぐ後悔した。 そんな子供っぽい呼びかけがまったく似合わないほど、中倉祥一郎は立派になっていたのだ。
 まず、髪が伸びていた。 一年ちょっと前に駅で見かけたとき、彼は短めのクルーカットで、後ろはきれいに刈り上げていた。 だが今は大人っぽい髪形にして、前髪は長め。 襟足は清潔にカットされていた。
 そして顔立ちは……息がかかるほど間近で見て、登志子は彼の一段と整った造作よりも、かすかに青みを帯びた顎から視線を離せなくなった。
 ひげ剃ってる。 うわー、祥ちゃんがひげ剃り使うなんて……
 相変わらず澄んだ瞳が、いぶかしげに登志子の小さく開いた口元に注目した。
「どうした? 俺、なんかついてる?」
 登志子は慌てた。 呼びかけたままで、じろじろ顎ばっかり見てるなんて。
「そんなこと…… なんにもついてないわよ。 こんにちは」
 すぐ祥一郎の目が躍った。
「今ごろこんにちはって? 変わってないな〜登志ちゃんは」
「そう?」
 自分か間抜けた声を出していることに、登志子は気づいたが、なぜか恥ずかしくならなかった。 暖かいものにくるまれたような安心感が、登志子を包んでいた。







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