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羽衣の夢
61 恋はないが
家族の目が登志子に集中した。
「誰だって?」
吉彦が訊くと、思い出そうと眉間に皺を寄せていた晴子が、一足先に口にした。
「美浦麻耶さん、だっけ? タレント・スカウトに呼び止められたとき、一緒にいた友達よね」
「そう」
吉彦の顔が引き締まった。 彼も思い出したのだ。
「その子は誘いに乗ったんだな」
弘樹は白いフリフリのドレスを来た麻耶には見向きもせず、バックコーラスばかり見ていて、遂に発見した。
「いた! これこれ、これが門田の兄ちゃ…… あーあ、カメラ切り替わっちゃった」
「後ろだとピント合わないよね。 前の子中心に写すから」
滋が同情した口調になった。
注意深く観察して、晴子が静かに言った。
「美浦さんって、今風のきれいな子ね」
とたんに少年二人が異議を唱えた。
「きれいじゃないよー」
「お姉さんのほうが百倍きれいだよ〜」
「お父さんもそう思う」
吉彦まで男の子たちの側についた。
登志子は麻耶をきれいだと思った。 厳しくいえば美人顔ではないかもしれないが、度胸があるから表情が自然で、楽しそうなのがテレビ向きだ。 当時のブラウン管テレビはふっくら映ってしまう傾向があり、顔幅の細い麻耶だと丁度いい感じに見えるのもよかった。
女性陣の感覚は当たった。 おしゃれで美人すぎず、気取りがなくて明るい麻耶、芸名『夏海〔なつみ〕マヤ』は、男子だけでなく女子にも好かれるタイプとして、お茶の間にうまく溶け込み、人気を上げていった。
そのことは、登志子の高校でも話題になった。 同級生だったため、麻耶を覚えている子が多く、中学の同窓会に呼ぼうという話が出た。
しかし、招待の往復葉書は、欠席に大きな○がついて送り返されてきた。
登志子が通うのは、小中高大すべて揃った私立一貫校だが、のんびりしているようで程度は高い。
全国模擬テストで、その年は高校の上位ベストテンに入った。 ちなみに大学はそこまで偏差値が高くない。 それで外部進学という冒険に出る生徒が増え、予備校や進学塾に通う子の姿が目立った。 高校では特別に受験勉強を教えてくれないからだ。
そんな中、優等生なのにもかかわらず、登志子はのんびりしていた。 当時の風潮として、女の子は卒業して数年会社勤めをし、その間に好きな人を見つけて家庭に入るのが普通だった。
理想にちかい家で育った登志子には特に、晴子のような妻で母になりたいという気持ちが強かった。 高校二年生になっても、まだ胸がきゅんとなるような初恋をしていないというのが難だが、もしかしたら自分はそういう激しい情熱を持つ性格ではないのかもしれないと思ったりした。 生まれつきはどうしようもない。
だから、お見合いで結婚するのかな〜なんて予想したりもした。
恋愛らしいことがないのは、登志子がほとんど一人にならないのも原因だった。 彼女の周りには、いつも人が集まる。 古文の先生が「瑯〔ろう〕たけた美貌」というほどの気品ある容姿でありながら、登志子は生来の暖かさで磁石のように人を惹きつけた。 切手になった名画『見返り美人』ならぬ『日だまり美人』というのが、最近の仇名だった。
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