表紙

羽衣の夢   60 映像の中に


 にぎやかだった夏休みが終わり、長い二学期が始まった。
 深見家の仲良し姉弟は、まだ幼い一番下を除いてみな同じ学校に入っているが、ちょうど三年違いなので、両親は小・中・高で異なるそれぞれの運動会や学芸会にせっせと通った。
 父は子供達を写すため、高価な八ミリ撮影機を買い揃えた。 そして高校の運動場で三脚を据えて熱心に写していると、周囲のカメラも同じ方向に動いていることが多いのに気付いた。
「登志子を撮ってるんだよ。 たしかにうちの子は目立つが、こんなに人気が高いと、嬉しいというより何だか心配になる」
 一緒に来た家族全員で仲良く昼休みの重箱弁当を広げているとき、吉彦はそっと晴子に耳打ちした。
 晴子は小さくうなずき、体操着から伸びた長い脚をきれいに流して横座りしている登志子に目をやった。
「夏に池尻で、タレントスカウトに声かけられたんですって。 きっぱり断ったらしいけど」
「ほんとか」
 吉彦は心配そうな顔になった。
「本物のスカウトかどうかもわからないしな」
「登志子もそう思って、名刺を見せてもらったそうよ」
「しっかりしてる。 あの子は素質がいい」
 二人の視線が一瞬交差した。
「ここで話すことじゃないわ」
「うん」
「子供たちには、ただ幸せになってほしい」
 晴子の声は切実だった。
「世の中の汚い面を知らずに育つのは無理かもしれないけど、できるだけ経験してほしくない」
「もちろんだ。 だが守りすぎるのもかえって危険だよ。 免疫がないのは」
「そうね」
 晴子は呟くように言った。
「ただ、うちはあなたがいるから。 世間のお父さんがみんなあなたみたいじゃないと、あの子たちにわかるかしら」
 驚いて、吉彦はお茶をついでいた魔法瓶を取り落としそうになった。
「おおっ、それは褒め言葉なのか?」
「ええ、まあね」
 晴子は照れたように笑った。
「幸せを自慢しすぎると鬼が来るって言うでしょう? だから控えめにしてたけど、お父さん大賞があるとすれば、あなたが一番だと思う」
「へえ、何点?」
 吉彦が笑いながら問うと、晴子はすぐ答えた。
「九九点」
「百じゃないのか。 どこが減点?」
「思いつかない。 人間に満点はないから。 それだけ」
「ケチだなー」
 吉彦はふざけて晴子をぶつ真似をした。 しかし顔は笑み崩れていた。




 登志子の高校で体育祭があった四日後、夕食時に弘樹がテレビをつけたので、吉彦が注意した。
「食べるときにはテレビを見ない決まりだろう?」
 チャンネルをかちゃかちゃと回しながら、弘樹は空いた片手で拝むまねをした。
「うん、でも今夜だけ、お願い。 門田の兄ちゃんがスクールキッズに入ってて、今日はじめてテレビに出るんだ」
「お兄さんに会ったことあるの?」
 登志子が尋ねると、弘樹は嬉しそうにうなずいた。
「すっごくいい兄ちゃんだよ。 逆上がり二十連発できるんだ。 本気になればもっと続くって」
「おやおや、目が回りそうね」
 加寿が両手を広げて驚いてみせた。
 じわっとついたカラー・ブラウン管の中では、揃いの空色のシャツを着た少年少女が雛壇に座って、左右に揺れながら歌っていた。 弘樹が鵜の目鷹の目で探しても、門田兄の姿はなかなか見つからない。
 やがて短い前奏が終わり、右横から白いドレスの少女が登場して、スタンドマイクに向かって歌い出した。 彼女の顔が大写しになったとき、登志子は目を見張って、思わず叫んだ。
「やだ、美浦さんだわ!」







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