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羽衣の夢
58 帰宅しても
まだ日が明るいうちに家へたどり着いても、騒ぎは続いた。
まず男の子三人で風呂に入ったが、風呂桶の湯が半分になるほど騒いだあげく、友也を湯につからせようとした滋が珍しく手をすべらせて、どぼんと潜水させてしまうというおまけまでついた。
火の着いたように泣きじゃくる友也の声を、最初に聞きつけた登志子が救いに行った。 滋は責任を感じてしょんぼりしており、代わりに弘樹が風呂桶に入って友也を抱き上げ、ひょうきんな顔で笑わせようとがんばっていた。
「大丈夫だよ、ほら。 おぼれてないって。 見てみな、コングだぞー、ウッキー、ウッキッキー」
「おぼれた? 落っことしたの?」
バスタオルを手に登志子がお風呂場の戸を開けると、滋がかすれた声であやまった。
「ごめんなさい、手がすべった」
「せっけんのせいだよ。 ちゃんと流さなかったから」
そう言って顔を上げた弘樹は、姉と目が合ったとたん、友也を上に突き上げて、ずぶっと少ない湯の中に腰を落とした。
「見た? いやん、エッチ〜」
登志子は笑うしかなかった。
母の次に好きな姉に抱きしめられて、友也はすぐ機嫌を直し、にこにこと夏用のパジャマを着せてもらった。
素直に白状した滋は叱られることなく、これからもっと気をつけるんだよ、と父に言われただけですんだ。
そして、すぐ末の弟を拾い上げて面倒を見た弘樹は、両親に褒められた。 日頃やんちゃで怒られることが多いだけに、彼は人一倍喜び、鼻高々で布団敷きを進んで手伝った。
家族がみんな入浴して落ち着いた頃には、男子三人組は敷き詰めた布団の上ですやすやと寝入っていた。
「今夜は誰かがおねしょしそうね」
浴衣に着替えた晴子が言うと、吉彦が反省した様子でぽつりと応じた。
「長く遊ばせすぎたかな。 弘樹が熱出さなきゃいいが」
「それはないと思うわ」
おだやかに加寿が言葉を挟んだ。
「具合が悪くなるときは、いつもうなされるでしょう。 でも今日は天使みたいな顔して眠ってるから」
「天使か」
吉彦がくすくす笑った。
「寝てるときだけですけどね」
気を遣った父も相当疲れていたらしく、女性陣より一足早く寝床に入った。
加寿も寝室に行き、晴子は戸締りを確かめた後、いつものように神棚へ向かった。
声を出さずに口だけ動かして黙祷する母の背中を、登志子はじっと見つめていた。
その晩に限り、不思議な衝動が働いた。 これまで毎日の祈りとして、あまり気にとめていなかったのだが、初めて事情を知りたいと思った。 他の家族が誰もいない、この静かな夜に。
「お母さん」
神棚の小さな扉を閉めている晴子に、登志子はそっと声をかけた。
「お母さんたちがいつも話しかけている神棚の人は、だれ?」
晴子の体が、ぴんと伸びた。 この日が来ることを以前から予期していたのに、あまりにも長く経ってしまったため、不意を突かれた。
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