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羽衣の夢
56 奇妙な予感
家に帰る電車の中で、登志子は移り変わる景色を見ながら考え込んだ。
誕生会や夏のクラブ活動、ひな祭りの誘いなどで、友達の家に招かれたことは何度もある。 しかし、麻耶の新居のような奇妙な空気に包まれた家は、初めてだった。
あれは家庭じゃない、と、登志子は感じた。 ばらばらの人間が、ただ一緒に住んでいるだけの、下宿屋のようなものだ。 しかも不人情な。
店をやっているという麻耶の母には会えなかったが、部屋に飾ってある母娘の寄り添いあった写真を見た限りでは、麻耶をかわいがっている感じだった。
それでも麻耶は、異父兄の悪影響からちゃんと守られていない。 道則というあの若者には、初めて会った登志子にも感じ取れるような、どこか邪悪な雰囲気があった。
麻耶の言うとおりだ。 彼女の兄には近づきたくないし、危険なものを感じる。 もうあの家には行かないほうがいい。 登志子は心を痛めながらも、きっぱり決意した。
帰り着いてから、母の晴子にその日の訪問について、思い出せることを全部話した。 きょうだいで女の子は一人だけだから、母とは親友のようなものだ。 ほとんど何でも打ち明けたし、晴子も娘の信頼に応えてきた。
ほとんど口を挟まずに、最後まで聞き終えてから、晴子は言った。
「親が刑務所に入っているという話を聞く前から、好きになれなかったのね?」
登志子はうなずいた。
「ずかずかっと近づいてくるから、逃げ出したくなったの」
「そうよね。 あまりぶしつけだと怖くなる。 それが自然よ」
いつもは穏やかな晴子の目が、鋭く光った。
「この世は、いい人ばかりじゃない。 残念だけど、ちゃんと見て判断しなくちゃいけないときもある。 麻耶ちゃんはいい子だと思うわ。 でも、そのお兄さんとはもう会いたくないっていう登志子の判断は、正しいと思う」
夜半に帰宅した父の意見も同じだった。 本心は、女の子の部屋に鍵をかけなければならないような家族と登志子を付き合わせたくなかったようだが、電話で話すのは許してくれた。
親たちが自分を信頼しているのを感じ、登志子はよけいに気持ちを引き締めた。 このところ、どうももやもやした気分が抜けない。 明け方に目が覚めると、真夏でもないのに汗びっしょりになっていることが、よくあった。
悪夢を見ているらしいとわかったのは、数日前だった。 体調は悪くないので、問題は他にあるらしい。 どこか遠くのほうから、何かがじりじりと近づいてくる予感がする。 これが単なる思春期の心の揺れでありますように、と、登志子は天に祈りたい気持ちになっていた。
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