表紙

羽衣の夢   55 寂しい少女


 部屋を閉めきってからは、くつろいだ雰囲気になった。 麻耶の部屋には高価なファッション雑誌や、登志子の家にはない映画雑誌が山積みになっていて、二人でめくりながらしばらく適当な批評をして楽しんだ。
 その後は、麻耶の持っているアクセサリーを見せてもらった。 ぜいたく品ではなく、ブラスチックやガラス玉、人工真珠などでできていたが、デザインがいいのでとても人目を引く。 フェルトの花に青と白のビーズをあしらったブローチが清楚で、登志子は手に取って見惚れた。
「すてきね。 あっちの赤もこの白いのもみんな綺麗で、中でもこれが一番好き」
 麻耶は目をくりくりさせて喜んだ。
「そう? じゃ、あげる」
「え?」
 そんなつもりで褒めたのではない。 登志子は困って、ブローチの箱を引き出しに戻した。
「こんな手のこんだもの、簡単にもらえないわ。 高そうだし」
 とたんに麻耶は胸に手を当て、はちきれそうに笑い出した。
「ほんと? そう見える? 最高〜! これみんな、私の手作り!」
 登志子は心から驚いた。 もう一度、ブローチを箱から出して裏を見る。 あまりにも上手にかがり仕上げしてあって、プロが作ったとしか思えなかった。
「すごい。 縫い目がわからないぐらい細かい」
「細かい作業って好きなんだ。 意外でしょ」
「意外というより、尊敬する。 家庭科はいつも五でしょう?」
「まあね」
「手芸コンクールにだって出せるわね。 ほら、『少女ブック』なんかで募集してる」
「ああいう雑誌は買わない」
 不意に麻耶の声が殺風景になった。 そして窓に近づいて縁に手をかけると、頭を突き出して髪を風になぶらせた。
「いい子ちゃん向きなんだもの。 こつこつ勉強して家の手伝いして、いい学校出ていいお嫁さんになる。 そんなの私向きじゃない」
 登志子は口を結んで、麻耶の横顔を見た。 心なしか寂しげに見える。 言葉とは逆に、そういう人生に何がしかの憧れを持ってるんじゃないかな、と思わせる影がただよっていた。


 間もなく、麻耶はいつもの明るさを取り戻し、あのブローチを登志子に押し付けるようにして分けてくれた。
「持ってって。 またいくらでも作れるから。 深見さんが使ってくれたら嬉しいもの。 ね?」
「ありがとう。 じゃ、いただきます」
「はい、差し上げます」
 二人は目を合わせて微笑み合った。


 帰り道も、麻耶は駅まで登志子を送っていき、定期券で駅構内に入って、電車が来るまで一緒にいた。
 登志子が乗り込んで向きを変え、手を振ったとき、麻耶が不意に早口で言った。
「もう来てくれないよね。 わかってる。 あんなバカ兄がいたら駄目だよね。 でも、電話だけしていい?」
 胸を突かれて、登志子は扉まで戻った。
「もちろんよ。 水くさいなぁ。 友達じゃない。 今日はほんとにありがとう」
 麻耶の口が下がり、目が激しくまたたいた。
 扉が閉まって、電車は静かに発車した。







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