表紙

羽衣の夢   51 目立つ二人


 麻耶とは、渋谷線の池尻駅で待ち合わせをした。
 高校に入ってまだ三ヶ月ちょっとなのに、麻耶はどんどん垢抜けしていって、その日も裾を折り返したジーンズにダボッと大きく真っ赤なストレートネック・シャツという人目を引く服装だった。
 一方、登志子のほうはいつものように、ごく普通のおとなしい身なりをしていた。 白いブラウスと薄手の夏用カーディガン、それに千鳥格子のスカートだ。 それなのに二人はそろって注目を引き、駅前広場を横切っていると、バス停留所に並ぶ数人の男の頭が、彼女たちの後を追って同方向に動いた。
 麻耶は明らかに、見られているのを楽しんでいた。
「ねえ、私たち目立ってるみたい」
 最近どこにいても人の視線を浴びる登志子は、周囲を意識しないようにしていた。
「美浦さんがおしゃれでかわいいから」
 麻耶は背の高い登志子の肘につかまり、軽い笑い声を立てた。
「ありがと。 でも深見さんに見とれてる人も大勢いるわよ」
「のっぽだから」
「ちがうって」
 麻耶が両手で抱きついてきた。
「自覚ないの〜? そんなことないよね? でも、すっとぼけてもイヤミじゃないのが、深見さんのいいとこ」


 二人が向かったのは、駅近くにあるレコード店だった。 そこで麻耶はエルヴィス・プレスリーのアルバムを探し、登志子は弟たちのために、鉄人28号のドーナツ盤を買った。
 ピンクのビニール袋に入れてもらって、店から出るとすぐ、前を遮られた。 びっくりして立ち止まると、今度はいきなり名刺を差し出された。
「失礼。 あやしい者じゃありません。 お二人があんまり素敵なんで、つい声かけちゃったんですけどね。
 そのはつらつとした魅力を生かして、テレビに出る気ないですか? ちょっと時間もらって、説明させてほしいんですが。
ほら、聞いたことあるでしょう? うちはラウンダーズや三園エミなんかが所属してる矢川プロ。 芸能界きっての大プロダクションなんだけど」
 麻耶が目を見開いた。 唇をわずかに尖らせて、キャッと言いそうな顔をしている。
 だが登志子は真面目な眼差しで、明るいブルーの背広を着た若い男と目を合わせ、静かに言った。
「せっかくですが不器用なので、できません。 失礼します」
「あ、待って!」
 てこでも逃がすまいと、男は急いで前に回りこんだ。
「器用不器用関係ないんですよ。 ディレクターが細かくカット割りして、演技指導してくれますからね。 後でつなげればちゃんとなるんです」
 登志子は一歩も引かず、主張を淡々と繰り返した。
「不器用だし、カメラも苦手なんです。 だからもう……」
「やってみなきゃわからないでしょ? 一時間、いや半時間でいいんですよ。 カメラ・テストしてみましょうよ」
「できません」
 登志子の声は凛としていた。 芸能界にはまったく興味がない。 はるか彼方の別世界だ。 おまけに深見家の教育方針で、テレビは一日二時間しかつけないので、タレントの名前や流行歌さえほとんど知らなかった。
 きっぱり拒否されて、脈がないと感じたのだろう。 スカウトの男は麻耶一人に焦点をしぼり、袋に入ったプリントを渡して、すらすらと言葉を並べ立てていた。
 登志子は二人から少し離れて、店先のシェード下の日陰に移った。 そして、麻耶が飼っているのはどんな犬なんだろうと思いをはせた。 早く彼女の家に行きたかった。







表紙 目次前頁次頁
背景:kigen

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送