表紙

羽衣の夢   50 友達と買物


 少しでも時間が取れると、吉彦は家族と過ごした。 わざわざ家庭サービスなどと名づける必要もなく、ただそうするのが好きだし、楽しかったのだ。
 夏や年末年始など、まとまって休みが取れるときには、一家で遠出することもあった。 だがたいていは、近所を散歩したり、一緒に買い物へ行ったり、野原でキャッチボールに興じるといった、身近な団欒が多かった。
 子供たちにとって、吉彦は母や祖母と同じように身近で、信頼できる大人だった。 ただし、たまに怒ったときは誰よりも怖かった。




 高校に入って一年が過ぎた頃には、登志子の友達関係は少し変化していた。
 付属といえども、高校入試はする。 組のだいたい半数が新入生となり、これまで知らなかった情報がいろいろ聞けるようになった。 それに受験勉強をしている分、彼ら彼女たちは競争意識が強く自信もあり、もともとの在校生は押され気味だった。
 そんな中、持ち上がりの一部は勉強についていけなくなった。 家庭事情が変わって高い月謝が払えなくなって、ひっそりと辞めていく子もいた。
 こうして高校を去っていった女子が、ほぼ全員、登志子に手紙や電話で連絡してくる。
 選挙で選ばれて、また副級長をやらされている登志子だが、連絡が来る理由はそれだけではないようだった。 彼女には、つながりを持っていたいと思わせる生まれつきの何かが備わっているとしか思えなかった。


 そういったヤメ学生の一人に、美浦麻耶がいた。
 中学入学直後に、ブルマーを折り上げて体育教師のひんしゅくを買った子だ。 麻耶は中二ですでに落第点を取るようになり、付属高校進学は無理だと判定されて、他の私立校に入っていた。
 そんな麻耶が、土曜の午後によく電話してくる。 お互いの学校のことを話すのが常だが、たまに誘ってくることがあった。
「ねえ、渋谷にレコード買いに行かない?」
「なんで渋谷なの?」
 レコード店ならあちこちにあるし、渋谷区は学校からも家からも離れている。 それに渋谷の町は繁華街だが、当時は柄が悪い地域があり、あまり行かないほうがいいと言われていた。
「ああ、うち今度中目黒〔なかめぐろ〕に引っ越してね、できたら深見さんに来てもらえないかな、なんて」
 中目黒は渋谷の近くだ。 引っ越したばかりで知り合いが少なくて寂しいんだろう、と登志子は察した。
「引越しか〜。 いいな、新しい家」
「自分の部屋もらえたんだ。 八畳もあるのよ」
 麻耶は無邪気に自慢した。
「犬も飼ってるの。 深見さんとこは飼えないんでしょ? 可愛いよ〜。 見に来て」
 犬か〜。
 登志子は麻耶がちょっとだけうらやましくなった。 深見家は動物好きだが、弘樹にアレルギーがあるので、一度も飼ったことがなかった。
「じゃ、お邪魔しようかな」
「わぁ、来て来て!」
 麻耶の声が高く弾んだ。







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