表紙

羽衣の夢   45 嬉しい祝福


「よかった〜!」
 安心感が、登志子の胸一杯に広がった。 もう中学生だから、予定日まであと一ヶ月近くあることは知っていた。 それでも、赤ちゃんが小さいながら元気らしいとわかり、母も無事だと知れば、喜びではちきれそうになった。
「それでね、お母さんちょっと休まなきゃならないから、しばらく病院にいることになった。 お祖母ちゃんが付き添うんで、お父さんだけもうじき帰る」
 前のお産と同じだった。 弘樹のときは登志子もまだ小さくてはっきりした記憶はないが、滋が生まれたときは母子とも一週間ぐらい入院していたのを覚えている。
 ただそのときは、お祖母ちゃんは父と共に早く帰ってきたが。
「はい。 じゃ、晩御飯用意して待ってるね」
「それは感心だ。 何作ってくれる?」
「えぇと」
 登志子は家にある材料を一生懸命思い出そうとした。
「ハムエッグと冷や奴と、それにきゅうりのお漬物」
 ハムエッグは家庭科の授業で作ったばかりなので、うまくできそうだった。
「いいね〜。 じゃ、できるだけ早く帰るから」
「はい!」


 父の電話が切れると、すぐ登志子は畳のへりに添って玩具の電車を走らせている滋めがけて走り、ぎゅっと抱きしめた。
「お姉ちゃん、暑い」
 抗議にかまわず、弟を抱き上げてぐるぐる回しながら、登志子は天井に向かってひまわりのような笑顔を弾けさせた。
「滋ちゃん、お兄さんになったよー。 さっき、弟が生まれたんだって。 男の子よ〜!」
 弘樹ほど調子に乗らない滋は、眉を八の字に寄せてじっと姉を見つめた。
「男の子?」
「そう。 かわいがってあげてね」
「一緒に遊べる?」
「二年か三年したら」
「ふうん、じゃ僕の車あげるの止めとく。 遊べるようになったらあげる」
 その言い方が、少し前の弘樹にそっくりだったため、登志子は噴き出しそうになった。
「もうお兄ちゃんっぽくなったね」
「お兄ちゃんぽくって?」
「滋ちゃん今日からお兄ちゃんになったのよ。 弟ができたの」
「えー? お兄ちゃんは弘樹ちゃんでしょ? 僕は弟」
 そこのところは、まだよく理解していないらしい。 登志子は根気強く説明した。
「大きい順にお兄ちゃんになるの。 一番上が弘樹でしょう? 二番目が滋ちゃん、そして三番目が今度の赤ちゃん。 だからこれからは、弘樹兄ちゃん、滋兄ちゃんって呼ぶことになるかな、きっと」
「じゃ、赤ちゃんは何て呼ぶの?」
 登志子は目をしばたたいた。 そういえば、まだ聞いていない。 きっとこれから名前をつけるのだろう。
「お父さんとお母さんが、すてきなお名前をつけるでしょう。 お父さんが帰ってきたら訊いてみよう。 ね?」
「お父さん、いつ帰ってくる?」
「もうじき」
 そう答えたとたん、さっき遊びに行った弘樹を思い出した。
「そうだ、弘ちゃんを迎えに行かなきゃ」
 登志子の腕からピョンと飛び降りて、滋が宣言した。
「いっしょに行く〜」
「じゃ、手つないで行こう!」
 そういうところはまだ幼児で、滋は喜んで登志子の手を握り、飛び跳ねながら縁側から降りて、弘樹の親友、佐藤幸雄〔ゆきお〕のもとへ向かった。


 幸雄の家は夏休みで賑やかだった。 兄と姉、それに独身の叔父が同居していて、登志子たちが行くと、弘樹を交えて居間でわいわいとトランプをしていた。
 新しい子供が生まれたという知らせに、彼らは大拍手したし、幸雄の母親は我がことのように喜んでくれた。
「よかったわねぇ、おめでとう! 暑い中、大変だったでしょうね」
 それから主婦らしく、残された子供達を気遣った。
「急な入院? 加寿さんも一緒? じゃ登志子ちゃんも大変だ。 あじの干物があるんだけど、持ってって。 ガスの火でちょっと焼くだけで簡単だから」


 佐藤夫人の親切で、その晩のおかずはいつもと変わらずちゃんとした品数になった。








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