表紙

羽衣の夢   43 暗い日曜日


 その翌日から、登志子は麻耶とすれちがったり目が合ったりすると、他の友達にするのと同じようにニコッと笑いかけるようになった。
 初め、麻耶は戸惑ったような顔をしたが、それでもぎこちなく微笑を返した。 すぐに微笑みの挨拶は習慣になり、気がつくと他の女子も少しずつ麻耶と言葉を交わし出した。
 そして夏休み前には、誰も麻耶を新入生扱いして敬遠することはなくなった。


 長い、うだるような夏休み。 小学四年生の宿題は、朝顔の種を播いて観察日記を書くことだった。
 恐ろしいほど活動的な弘樹に、じっくり植物を育てる根気はない。 最初の二、三日は鉢底から流れ出るほど水をやって、一応面倒を見ていたものの、なかなか芽が出てこないのですぐ飽きて、あっという間に忘れ去ってしまった。
 晴子がおめでたで、九月には第四子が生まれる予定なため、加寿を手伝って登志子も家事に精を出した。 買い物に行くのはもうお手のもので、その頃個人商店を抜いて少しずつ盛んになった市場街に自転車で出かけては、予定表と首っぴきでお得な品を買い込み、前かごに載せてさっそうと家に運んだ。
 結局、弘樹の朝顔の面倒を見ることになったのも、登志子だった。 早起きして、日が高くなる前にたっぷり水遣りをし、薄めた肥料をやる。 大切にされた植木鉢の花は、すくすくと育って真っ赤な大輪の花を咲かせた。
 第一花の開いた朝を記録したのも、後で絵に描けるよう父に頼んでカラーの写真を撮ってもらったのも、登志子の気配りだった。


 翌日の日曜日、弘樹は父の書斎に呼ばれた。 子供達がその部屋に行くのは、良いことをして褒められるか、またはじっくりと叱られるかのどちらかの場合だ。
 身に覚えがあるので、弘樹はうつむき加減に扉を叩き、お入り、と言われてから、そっとドアノブを回して入室した。
 登志子は台所で、湯を沸かす加寿と並んでトウモロコシの皮をむいていた。 祖母と談笑しながらも、弘樹が気になって片耳をそばだてていると、不意にドタンという音がして、奥の和室から晴子が出てきた。
 いつもさわやかにまとめている髪が乱れている。 顔も普通ではなかった。 ひどく青ざめて、口を片手で強く押さえていた。
「何かおかしいの……」
 そう加寿に呼びかけるのもやっとの感じで、晴子は廊下に膝をついた。 あわてて火を消す加寿より先に、登志子が駆けつけて、母を支えようとした。
「お母さん!」
 母の目が半分閉じかかっている。 異変を悟って、登志子は嫌な寒気が背中を凍らせるのを覚えた。
 そのときには、加寿もエプロンで手を拭きながら飛んできていた。 祖母に母を任せて、登志子は父を呼びに、書斎へ必死で駈けていった。







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