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羽衣の夢
42 困った時は
おヒップ、という語感が何だか場違いで、少女たちの間に笑いがさざなみのように広がった。
麻耶は少し赤くなったが、それでも怒られるほどのこととは思っていないようだった。
「プリーツにアイロンかけて、上に挟みこんだだけです」
そう言ってまた触れたブルマーの裾は、思い切り折りこんだため、急角度のV字型になっていた。
「こうすると、脚が長く見えるから」
「長くなんか見えなくていいの!」
とうとう先生はかんしゃくを起こした。
「あなたね、春のマラソンの予備練習で、外の道路を走るのよ。 そんな恥知らずな格好で出ていかれたら、学園の恥ですよ! すぐに裾を下ろしなさい!」
こういうわけで最初から浮いてしまった麻耶だが、おっとりした校風もあって、特に悪く言われることはなかった。
ただ、顔立ちが華やかなせいで数人の男子に人気が出て、よく組の一角で取り巻かれていた。 秋津〔あきつ〕という女子もその仲間に入り、いつも五人か六人で共に行動するため、自然に他の同級生は寄り付かなくなった。
その頃、登志子は副学級長に選ばれていた。 当時は男子が正の学級長で女子が副と決まっていた。 さもなければ、たぶん登志子がダントツで正に当選していただろう。 それぐらい男女まとめて人気が高かった。
美人で成績がよい、となれば、ふつう焼餅を焼かれて足を引っ張られるものだが、登志子にはそれさえなかった。 おだやかで頼もしく、この年頃にしては感情の起伏が少なくて、話しかけやすい。 けっしてでしゃばらないのに、いつの間にか生徒からも先生からも信頼され、登下校時にはあちこちから声をかけられて、まっすぐ移動できないほどだった。
そんな登志子が、珍しく水曜の放課後に一人で教室にいて、忘れそうになった理科のノートを机から取り出していると、前の入り口から誰かが入ってきた気配がした。
「深見さん」
遠慮がちに声がかかる。 鞄にノートを入れながら振り返ると、美浦麻耶がこっちを見つめていた。
麻耶が一人きりでいるのも珍しかった。 登志子はすぐ返事した。
「なあに?」
その声が優しかったので、麻耶は緊張を解き、近づいてきた。
「あのぅ、家庭科の課題なんだけど」
「ああ、明日の五時間目?」
「そう。 この前休んだから典子〔のりこ←秋津のこと〕に訊こうと思ったんだけど、今日は典子が休んじゃって」
登志子は目をしばたたいた。 いつも教室の奥で自分たちだけの世界を作っている麻耶に、こんな悩みがあったとは。
他の女子に友達がいないせいで、尋ねることができなかったのだとすぐわかった。 それに家庭科の悠木先生は。授業がある木曜と金曜しか学校に来ないので、その日に休んだ生徒は後から課題を貰うのが難しい。
登志子はすぐ紙ばさみを開けて家庭科のプリントを出し、そのまま麻耶に渡した。
「はい、これに詳しく書いてあるから」
麻耶はとまどった表情で登志子を見返した。
「でも、これ貰っちゃうと、深見さんが……」
「私はノートに写したから大丈夫」
そこで、ガリ勉と思われるかな、と気付いた登志子は、照れた笑顔になった。
「私って忘れっぽいのよ。 前にも重要なプリント無くしたことがあって。 だから配られたら、大事なとこだけノートにメモしておくの」
麻耶は小さくうなずきながら、ブリントを畳んで制服のポケットに入れた。
そして、印象的な眼を登志子に注ぐと、小声で言い残した。
「恩に着るわ。 私にできることあったら、いつでも言って」
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