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羽衣の夢   39 お礼の方法



 ぼうっとした表情で電話を置いた登志子を、食卓の向こうから母が見ていた。
 学校であったことは、ほぼすべて母の晴子に話すことにしている。 だから晴子は、西佐祢子についての悩みを、一年以上前から聞いて知っていた。
「祥ちゃんに何か頼みごと?」
 母にさりげなく訊かれて、登志子は迷った。 用心して話したが、会話を繋ぎ合わせれば内容がわかってしまったかもしれない。
「そう。 お友達との付き合い方を相談したの」
 本当のことだ。 細かく言えば、佐祢子が友達とはいいがたかったけれど。
 父が箸を動かしながら尋ねた。
「祥ちゃんって?」
 登志子より先に、祖母の加寿が答えた。
「中倉さんとこの祥一郎くん。 実家のご近所さん」
「男の子?」
 父の吉彦はびっくりした。
「電話相談するほどの仲良しか?」
「そうじゃなくて」
 登志子はますます困った。
「祥ちゃんは仲間のまとめ役なの。 けんかなんかが起きないようにするのが、すごくうまいの。 だからちょっと訊いてみたんだけど」
「危ないって言ってたように聞こえたぞ。 危険なことだったのか?」
 父の額に皺が寄った。
 やっぱりちゃんと聞いてた──登志子は観念した。
「あの、私の学校にいじめっ子がいて。 体の大きな女子で」
「ああ」
 父は思い当たったらしかった。
「もしかしたら、芸能人の子供が怪我した事件の関係者?」
「……はい」
 登志子は畳に座ったままもじもじした。
「その後もいじめを止めないから、止めさせる方法はないかって訊いたの」
 吉彦の目が、面白そうに輝いた。
「そしたら、祥ちゃんが自分で止めてくれたと」
「そうみたい」
「やり方は訊かないことにしよう」
 静かに吉彦は息を継いだ。
「軍隊でもいじめはあった。 しゃべれと言われて、口をきくと殴られる。 とりわけ眼鏡をかけたインテリが二等兵だったりすると、鬼の下士官に目をつけられた。
 もちろん、そんな奴ばかりじゃないが、一部いたことは確かだ」
 晴子が食い入るように夫の横顔を見つめた。 吉彦が軍隊時代の話をしたのは、それが初めてだった。
「軍隊では上官に反抗すると重い罪になる。 だが一般社会では違う。 自分は特別だと勘違いしている子は、早く目をさましたほうがいい」
 そこでようやく、厳しい表情がゆるんだ。
 父から目で笑いかけられて、登志子の緊張がようやくほぐれた。
「中倉くんだっけ、その男の子たちは、今何に夢中になってる?」
「野球かな。 三角ベース」
「じゃ、ボールを何個か持っていくといい。 あれはすぐ無くなるから、いくつあってもいいはずだ」
 そう言うと、父はいつも小銭を入れている飾り箪笥の引出しを開けて、百円札を五枚出し、登志子に渡した。







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