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羽衣の夢   37 暴風の中で


 夕方になって、いよいよ雨が降り出した。 台風九号が浜松沖まで接近してきたのだ。
 学校から帰宅した登志子は、ランドセルを部屋に置くとすぐ、茶の間にある電話のところへ飛んでいって、祥一郎の番号を回した。
 今度は、まず渋い声のおじさんが先に出て、祥一! と大声で呼びつけた。 すると、弟の結二らしい高い声が返事した。
「兄ちゃんはそろばんに行ってるよ〜」
「なんだ? こんな台風の最中に。 休みゃいいのに」
 ぶっきらぼうなおじさん(たぶん兄弟の父親)の声に大人の多忙さを感じて、登志子は急いで言った。
「それじゃ後でかけなおします。 深見登志子といいます。 お忙しいところすみませんでした」


 夜の八時過ぎに、父がびしょ濡れになって帰ってきた。 断続的に降る豪雨のせいで、電車の時間割が乱れ始めているらしい。 壊れてしまった傘を、晴子があらあらと言いながら受け取った。
 宿題をし終わった登志子は、父の出迎えに玄関へ出た。
「おかえりなさい」
 弟たちも奥座敷から駆け出してきた。
「お父さんおかえりなさい!」
「ただいま〜」
 吉彦が三人に微笑む。 子煩悩というのは、吉彦のためにある言葉だった。


 子供たちは遅くとも七時半までに食べると決まっているので、夫を待っていた晴子と祖母の加寿が大人三人分の夕飯をあたため直し、食卓に並べた。
 その間に風呂を使って着替えた吉彦は、和式の寝巻きをきちんと着て、茶の間に座った。 天ぷらとサワラの吸い物を前に、大人たちの話が弾む。 そろそろ寝る支度をしなければならない登志子は、いつ祥一郎に電話をかければいいか、きっかけを失って悩んでいた。
 やがて晴子が、父の膝に座り込んだままこっくりし出した末っ子の滋を抱き上げ、寝室に運んでいった。 傍の畳に座って、雑誌の付録についた紙飛行機を組み立てていた弘樹も、あくびを始めた。
 吉彦は食べ終わってすぐ、姉と弟を見渡して言った。
「さあ、もう寝なさい。 そろそろ九時だよ」
「ね、お父さん、ここどうしてもくっつかないんだ」
「どれどれ」
 吉彦が、ほとんど仕上がった飛行機を手に取って、紙の差込みを上手に挟みこんだ。
「わあ、ありがとう! おやすみなさーい、ブーン・ブンブン」」
 手に掲げて飛ばす真似をしながら、弘樹も寝室に退場していった。
 仕方なく、登志子も座卓の端から立ち上がった。
「お父さんお祖母さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
 父は挨拶のとき、必ず目を合わせる。 笑顔で目尻に優しい皺が寄った。
 まさにそのとき、電話が鳴った。 電話台の近くにいた加寿が受話器を取り、はい深見でございます、と応答した。
 それから奇妙な表情になって、登志子に視線を移した。
「登志ちゃんに電話よ。 中倉の祥ちゃんから」







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