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羽衣の夢
34 頼もしい子
その日は、四つ角のところで別に別れの挨拶もせずに、あっさり別れた。 しかし、次に登志子が祖母と共に訪れたとき、道端で陽気にベーゴマをしていた一団から祥一郎が身を起こして、登志子を眺めて一言だけ言った。
「よっ」
嬉しくなって、登志子は笑みを浮かべて頷き返した。
それからは、顔を合わせても祥一郎は無視しなくなった。 特に話しかけてくることはないが、目が合うとちょっと手を上げたり、たまには短く挨拶してきた。 登志子も先に気付くと声をかけた。
「また来たわよ」
とか、
「こんちは〜」
とか。
元気? とは訊かなかった。 祥一郎はいつもはつらつとしていて、真冬でも鼻を垂らしていることなんか一度もなかったのだ。
何度も男の子たちに会っていると、なんとなく力関係がわかってくる。 祥一郎は地域の子供たちの頭だった。 ガキ大将というのとは少し違う。 彼は徒党を組んで街をのし歩くのではなく、他の子が自然に寄ってくるタイプだった。 とにかく頼もしいのだ。
だからこそ、登志子は祥一郎に相談したかった。 彼なら汚いいじめをする佐祢子〔さねこ〕をどうやっておとなしくさせるか、方法を知っているかもしれないと望みをかけた。
話を聞いて唸った後、祥一郎は少し考えていた。 即断即決の彼にしては珍しい。
それから不意に動いて、手近な木に寄りかかり、男にしておくのがもったいないほどの濃い睫毛を上げて登志子を見た。
「その女、どこに住んでんの?」
「ええっと」
登志子は素早く記憶をめぐらした。
「たしか四谷〔よつや〕。 お岩さん連れてくるぞーって下級生をからかってたから」
「へえ」
面白そうに祥一郎の目が光った。
「家がどこか正確に調べてくれ。 それと、習い事かなんかしてる?」
奇妙なことを訊くなぁと思いながら、登志子はまた記憶をたどった。
「ピアノをやってるって聞いた。 でも先生とうまくいかなくて、三回替わったって」
「だろうな」
そう呟いた後、祥一郎は幹から体を起こし、にこっと笑った。 表情を崩すと、彼は驚くほど明るくなごやかに見えた。
「俺んちさ、やっと電話引いたんだ。 父ちゃんの仕事場だけど、俺達も使っていいんだ。 だからっと」
ズボンのポケットを探ると、メンコの束や釣り糸の塊、ちびた鉛筆など色々出てきた。
「なんか書く紙ある?」
登志子はすぐ頷いて、ポケットから花模様の手帳を出した。 紙せっけんを一緒に入れていたので、ほんのりとジャスミンの香りがした。
手帳の紙を一枚破って渡した。 祥一郎は鉛筆をぎゅっと握り、力強く電話番号を記した。
「わかったら、ここにかけて」
「はい」
答えた後、登志子は感謝の思いをこめて言った。
「ありがとう」
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