表紙

羽衣の夢   31 親分の素質


 四十分ほど石蹴りで三津子と遊んだ後、登志子はさりげなく誘導して、三角ベースとやらを見に行くにした。
 三津子はあまり気の進まない様子で、だらだらと案内した。
「つまんないよ〜、男の子ばっかりで」
「少しだけ。 良ちゃんや祥ちゃんがかっこよく走っているところ、見てみたい」
「うん、祥ちゃんはかっこいい。 足速いし。 でも良兄ちゃんは普通」
 三津子は兄に焼餅を焼いているらしい。 登志子が良太に会いたがっていると思っているのだ。 良太は確かに顔立ちがよくて女子にも評判のいい男の子だったが、今のところ登志子は何の興味もなかった。
 むしろ登志子は、兄に人気を取られたと思ってしょげている三津子を元気にしたくて、ぽちゃっとしたその手に自分の長い指をからめ、歩きながら歌いはじめた。
「粋な黒塀 見越しの松に〜」
 すぐ三津子も声を合わせた。
「仇〔あだ〕な姿の洗い髪〜」
 二人とも歌詞の意味はほとんどわかっていなかった。 でもラジオですごく流行っているので、たいていの子がそらで歌える。
「死んだはずだよ お富さん〜」
「生きていたとは 知らぬ仏の……」
 二人の歌声が、同時に止まった。
 境内の奥、木立が途切れて小さな運動場ほどの空間が広がったところに、七、八人の男の子がいた。 傍にバットやボールが転がっているから、確かに野球をしていたのだろう。 だが今は、二人がくんづほぐれつ取っ組みあい、残りは周りを囲んで、てんでに声援を送っていた。
「君夫くんと孝ちゃんだ」
 三津子が声をひそめて教えた。
「いつもは仲いいんだけど」
 そのとき、登志子の横で空気が動いた。 そして、すっと誰かが駆け抜けていった。
 きれいに腿をはねあげる走り方を見て、登志子はすぐに気付いた。
──祥ちゃんだ──


 祥一郎が現われると、男の子たちの雰囲気ががらっと変わった。 彼はまず、周囲の子供たちから取っ組み合いの原因を聞き、それから猫のケンカのように地面を転げ回って叩いたり引っかいたりしている二人を、なだめながら引き離した。
「待て。 まず一度離れろ」
 もう疲れきっていたのだろう。 青いシャツの子は、腕を離すとしゃくりあげながら座り込み、白のランニングシャツに短パンの子は、大の字に引っくり返って、虎のように吠えた。
「わー〜〜っ!」


 それからの話し合いは、少し離れて立っていた登志子と三津子にも聞こえた。
 白いシャツの上総君夫〔かずさ きみお〕がヒットを打って一塁を回り、二塁にすべりこんだところでボールが返ってきて、審判をしていた水上孝治〔みなかみ こうじ〕がアウトを宣告したのだ。
 最近不調だった君夫は、久しぶりの長打を狙って、みごと成功したと思っていた。 すべりこみセーフで踵がベースについたと。
 でも孝治から見ると、あと少しで塁に達していなかったという。 孝治が土のすべり跡を指差してアウトとがんばったので、君夫はカッとなってしまった。


 二人の話を聞いてから、祥一郎は二塁に行き、荒れた地面をじっくりと見た。
 それから腰を曲げたまま、困った様子で報告した。
「ぼこぼこになってるよ。 ベースまで動いちゃってる。 おまえら二人で荒らしただろう。 これじゃどっちが正しいか、わかんないよ」
 ケンカした二人は白目をむいて、そっとお互いを伺いあった。
 身を起こすと、祥一郎はあっさりと宣言した。
「じゃーさ、こうしよう。 君夫が一塁で、試合再開」
「えー」
 孝治が口をとがらせたのを見て、祥一郎は説明した。
「君夫はヒット打っただろ? それは確かだろ?」
「うん……でも」
「孝治の判定がまちがってたなら、二塁に行けたんだ」
「だから!」
「だからどっちも正しいかもしれないってことで、君夫は半分の一塁、孝治にはもう文句つけない。 これで五分と五分だ」


 いささか妙な判定ではあったが、子供たちは何となく納得して、試合は再開された。
 見ていた登志子は、頬がゆるみそうになるのをこらえていた。 祥一郎少年には、なかなか政治力がある。







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