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羽衣の夢   30 下町へ行く


 秋口のある日、不意に孫の登志子に問いかけられて、加寿はけげんそうに首をかしげた。
「ねえ、お祖母さま、今週高梨のおばさん家に行くかもしれない?」
「え? そうね、そろそろまた遊びに行ってもいいけど。 おととい電話で話したのよ。 十月になったら一緒に伊豆の温泉へ行きましょうよって。 その詳しい相談にね」
「私も一緒に行っていい?」
 手ぬぐいを姉さんかぶりにして、せっせと秋冬用の座布団の綿入れをしていた加寿は、嬉しそうに手を止めて登志子に笑いかけた。
「もちろんよ。 お祖母ちゃんと行ってくれるの? 嬉しいわ」


 ということで、次の土曜の昼下がり、半ドンで学校から早く帰宅した登志子を連れて、加寿は楽しく電車に乗った。
 向こうには電話で連絡しておいたので、高梨のおばさんこと須江〔すえ〕さんは、いつものように近所の同年代の友達を呼び、ぶどうと羊羹〔ようかん〕を卓袱台〔ちゃぶだい〕に並べて迎えてくれた。
 二、三週に一度は祖母と連れ立ってやってくるため、登志子はこの辺りではすっかり顔なじみで、近くの子と同じように親しく扱われていた。 たまには高梨のおばさんのほうが阿佐ヶ谷に訪ねてくることもある。 そのときは晴子も加わって話がはずむが、下町とちがって近所の奥さんが加わることがないのを、須江は不思議がっていた。
 高梨家の孫の三津子は、ずいぶん仲良しになった登志子が一ヶ月ぶりに来たので大はしゃぎで、石蹴りをして遊ぼうと誘った。 下町の路地には車が入ってこられない。 だから子供たちが道で縄跳びやボール投げなどしても危険が少ないため、加寿も外で遊ぶのを許してくれた。


 敷石のあるお寺の前まで、三津子が案内した。 そこだと蝋石〔ろうせき〕で線が書けるからだ。
 蹴って位置を示す平らな小石を探しながら、登志子はさりげなく訊いた。
「お兄ちゃん、もう学校から帰ってきた?」
 きょろきょろと木陰を見回していた三津子が、上の空で答えた。
「うん、良太兄ちゃんはさっきランドセル放り出して、また出ていったよ」
「チャンバラ遊びかな?」
「ううん、最近は三角ベース(二塁までしかない簡易野球)ばっかり。 お寺の裏でやってたら、見習の小坊主さんも一緒に入ってきたって」
「楽しそう」
 三津子は口をとがらせて首を振った。
「うるさいし、汗くさい。 しょっちゅうすべり込みでズボン破ってくるから、お母さんに怒られてる」
「良ちゃんは投手?」
「ううん。 兄ちゃんは腕が短いもん。 投手はやっぱり祥ちゃん。 カーブが投げられるよ。 それにドロップも」
 祥ちゃん。 中倉祥一郎〔なかくら しょういちろう〕のことだ。
 その名前を聞いて、登志子の目がきらりと光った。








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