表紙

羽衣の夢   29 学校の悩み


 登志子の胸に初めて芽生えた小さな疑問は、やがて日常にまぎれて消えていった。


 登志子の学校生活は順調だった。 面接と適性試験で選ばれた同級生たちは、性格がしっかりしていて躾〔しつけ〕のいい子が多く、友達がたくさん出来た。
 それでも数人は気の合わない子がいた。 特に西佐祢子〔にし さねこ〕という女子は問題で、弱気な同級生や下級生がいると、男子をけしかけて襲わせるという行為を繰り返した。
 登志子たちが四年になる頃には、佐祢子の手下になっている男子二人の評判は最悪で、PTA(=保護者会)の議題になるほどだった。
 その年は特に、人気漫才師の息子が編入してきたとたん、裏道で囲まれて腕を折るという事態になったため、騒ぎが大きくなった。


 佐竹郁秀〔さたけ いくひで〕という被害者の少年は、弱虫ではなかった。 相手が二人でも立ち向かったので本気の取っ組み合いになり、怪我につながったのだ。
 郁秀少年は口も固く、誰とケンカしたか親にも言わなかった。 当然、先生には話さない。 しかしながら他の子たちの噂話がパッと広がり、直接に怪我させた相手の名前は、先生にも伝わっていた。
 郁秀が入った組にいた登志子は、遂に週刊誌ネタになったこの事件に胸を痛めた一人だった。
 同級の子たちは、男女を問わず、誰が事件の黒幕かを知っている。 西佐祢子だ。
 だが佐祢子の父親は戦後に急成長した飲食店チェーンの社長で、闇社会とのつながりを噂されている男だった。 佐祢子がこの学校に入ったのだって、どう見ても実力とは思えないというのが定説だ。 なにしろ授業中に当てられたことがないのだ。 背が高いから一番後ろの端の席で、そっくりかえって好きなことをしていて、その席は密かに『お客さん用』と言われていた。
 その佐祢子が、体育の時間にはとても元気に動く。 体育館の壁に取り付けた肋木〔ろくぼく〕に軽々と上るし、逆立ちやボール競技もうまい。 ドッジボールのとき、目を吊り上げて本気でぶつけてくるので、対戦する相手はびくびくものだった。
 父娘がそろって怖い、こういう子に、人はなかなか注意できないものだ。 それに佐祢子は要領のいいところもあって、嫌がらせはすべて男子にやらせ、自分は命令するだけで陰に引っ込んでいた。


 佐祢子は、登志子に手を出したことはなかった。 おそらく、登志子のほうが身長が高く、運動神経も負けていなかったせいだろう。
 それに、登志子は物事に動じなかった。 いつも穏やかだが、言いたいことはきちんと言う。 傍にいるとなごやかでも、なれなれしくしたりからかったりできないという雰囲気だった。
 だから特に、下級生に慕われた。 廊下を歩くとチビ女子たちに、「登志ちゃま」と始終呼びかけられるので、口の悪い男子がもじって、お年玉、と仇名をつけたぐらいだ。
 そのかわいいチビ女子たちの一部も、佐祢子の手下にいじめられていた。 見つけたときは庇うのだが、帰り道にいつもついていくわけにはいかない。 そこへ佐竹邦秀の事件だ。 もう手をこまねいている場合ではない、と登志子は決意した。







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