表紙

羽衣の夢   26 祖母との絆

 晴子の母の加寿は、娘の子育てを手伝う目的もあって、結局下町には帰らなかった。
 留守宅は伯父が修理して人に貸していて、加寿にも所有権があることから賃貸料が入るため、吉彦がいいというのに食費を出していた。 だからあまり気兼ねが要らない。 人見知りしない性格だから町内会にすぐ友達を作り、得意な縫い物を教えたり生け花の講習会に入ったりして、楽しく過ごしていた。


 でも、たまには故郷がたまらなく恋しくなることがあった。 そういうとき、加寿はうきうきとお土産を買って電車に乗り、下町の昔なじみを尋ねて回った。
 学校が休みの日曜日には、登志子をさそって連れて行くこともあった。 一度弘樹をおもちゃで釣って一緒に行ったことがあるが、遊び盛りの三歳は、おばあちゃんと友達の長い世間話にすっかり飽きてしまい、二度とついていかなくなっていた。


 しかし、登志子は平気だった。 もともと体が大きめな赤ん坊だった登志子は、小学校入学時には、既に二年生ぐらいの背丈があり、すらりとした脚の長い少女になっていた。
 色白で物静か、前髪を切りそろえたおかっぱ頭がよく似合う子で、下町へ行くたびに日本人形のようだと褒められた。
 口数が少ないと思われていたが、そうではない。 人の話を聞くのが好きだったのだ。 おばあちゃんたちの情報交換はとても面白く、登志子は傍でおはじきをしたり、絵本をぱらぱらめくったりしながら、耳を傾けていた。
「悦子さんとこの高雄〔たかお〕ちゃんがさ、自転車に轢かれたのよ」
 葛饅頭をつまんでいた加寿が驚く。
「自転車に? 自動車じゃないの?」
「それが自転車だったのよ。 だから命が助かったんだけどね。 最近貸し自転車屋ってのがあるでしょ? あそこで早い者勝ちでケンカになって、掴み合いして土間を転げ回ってたら、自転車を返しに来た子に足を轢かれちゃったんだって」
 四人いたおばさん達は、大した事故ではなかったのでホッとして、クスクス笑いを始めた。
「骨なんかは折れなかったんでしょう?」
「ぜんぜん。 ふくらはぎに車輪の跡がついただけ」
「高雄ちゃんはおっちょこちょいだからねー」
 一人がそう言うと、みんながうなずく。 ここでは隣近所がみんな町内の家族構成を知っていて、さりげなく子供たちを見守っていた。
 その世間話が出ていた家は、加寿が特に仲良くしている昔からの友で、高梨〔たかなし〕という気さくな人の二階家だった。
 時は五月。 一同は明るい茶の間でくつろいでいた。 登志子は高梨家の孫の三津子〔みつこ〕が次々と持ってくる遊び道具を畳に並べ、舌足らずの説明を聞きながら共に遊んでいた。 三津子は同い年ながら、優美な雰囲気のある登志子に一目置いている様子で、まるてみつぎ物のように持ち物をありったけ出してきては、喜ばせようとしていた。





表紙 目次前頁次頁
背景:kigen

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送