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羽衣の夢   25 入学と着物

 紺色の制服と、深紅のビロードのリボン付き帽子、そしておそろいの革靴。
 入学式前にそろえた一揃いは、色白で気品のある顔立ちに育った登志子が着ると、付属校の宣伝ポスターに使えそうなほどよく似合った。
 そこで一家は駅前の写真館に行き、記念写真を撮った。 一昨年に行なった登志子の七五三祝いに次いで、二年ぶりのことだった。


 世の中はだいぶ収まりかけていた。 前年に不審な鉄道事故が三鷹や松川で続き、国鉄の下山総裁が線路上で死体となって発見されるという大事件も起きたが、その年からは家屋の建設が本格化し、ようやく家不足が解消されそうな明るい雰囲気ができてきた。
 ただし、空襲で破壊された大阪と東京をきちんとした都市計画で再興させようという試みは、戦勝国によって潰されてしまい、街並みは不便なまま残された。 両地区ほど大きくなかった名古屋だけが、ある程度の規模許されたのみだった。




 入学式の日は、はじめ花曇りだった。
 だが、式が終了して生徒と保護者たちが講堂から表に出てきたとき、さっと雲が切れて太陽が覗いた。
 その年は冬が寒く、桜の花はまだ六分咲きぐらいだった。 それでも若い父親たちは今と変わらず、新しく買ったり借りたりした二眼レフのカメラを融通しあって、我が子の晴れ姿を熱心に写真に撮りまくった。
 吉彦もその中にいて、子供たちと妻をフレームに入れてじっくりと撮影していた。  彼の仕事は相変わらず順調だった。 まだ三十一と若いのだが、先輩が戦争でいなくなったのと仕事がよくできるため、すでに開発部の部長になっていて、給料も賞与も同年代の上位だ。 つましい晴子が母と共に節約に励んで、このまま行くと登志子だけでなく弟の弘樹も楽に私立校へ通えそうだった。
 ただ、夫妻には楽しい秘密があった。 実は秋になると、もう一人子供が増えるのだ。 晴子はつわりの少ない性質なので、妊娠しても元気だった。
「三年おきに三人。 いい間合いね」
「でも新学校制度だと、小学校六年、中学三年、高校三年だろう? 進学するたびにまとめて出費だ」
 吉彦がわざと溜息をついてみせると、晴子は胸をポンと叩いていばった。
「だから貯金に励んでるの。 隣の沢口さんと話していてたらね、一万円お給料があったら二千円貯めて、三輪トラックを買いたいんですって。 あなたの月給はその倍以上だから、幾らか沢口さんに話せなかった。 なんだか悪くて。
 それで思ったの。 うちは社宅で安くしてもらってるし、もっと無駄をはぶけば貯蓄できるな〜って」
「無理するなよ。 君とお義母さんはよくやってるよ。 それに部長夫人としての付き合いもあるし。 その着物だってもったいないなんて言ってたが、作ってよかっただろう?」
 そう言われて晴子は春らしい杏色のぼかしのお召しを見下ろし、くすっと笑って一回転してみせた。





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