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羽衣の夢   21 告白と決断

「引き取るなんて勝手に一人で決めることじゃない。 それはよくわかっていたの。 あなたに相談したかった。 どんなにあなたに会いたかったか!」
 晴子の言葉は血を吐くようだった。
「でもどうしても本当の登志子を諦めきれなかった。 あの子を抱いていると、天国の登志子とつながっていられる気がしたの。 あの子を通じて登志子が私に笑いかけてくるようで」
 長い話が終わるまで、吉彦は顔をうつむけて無言で聞いていた。
 それから、両腕を曲げて枕にして、天井に目をやった。
「頭が混乱してる。 一度にいろんなことを聞いたから」
「ええ……」
「ともかく今夜はもう寝よう。 疲れた」
「はい」
 隣に吉彦の布団が敷いてあったが、彼はそこには戻らず、晴子の布団で目を閉じた。




 体温の高い夫の傍で、晴子は暖かい夜を過ごした。 体は心地よかったが、気持ちは乱れたままで、眠りは浅かった。
 それでも時々は深まったらしく、明け方、不思議な夢を見た。 桜草の咲き乱れた川岸で、はっとするほど美しい女の子が花を摘んでいる。 十二歳ぐらいのその子は、空いた左手でよちよち歩きの幼児の手を引いていた。
 そのとき不意に突風が吹き付け、幼児が軽々と宙に舞った。 女の子は摘んだ桜草を岸に捨て、急いで幼児を引き戻すと胸に抱いた。
 上下に並んだ二つの顔は、見分けがつかないほどよく似ていた。 思わず晴子が「登志子!」と呼びかけると、二つのかわいらしい口が同時に返事をした。
「はい、お母さん!」


「晴さん、晴子」
 耳の傍で、低い声が呼びかけた。 腕が胴に回って、軽く揺さぶっていた。
 晴子はぼんやり目を開き、まだ夢の続きかといぶかった。 待ち焦がれた夫が肩越しに覗きこんでいる。 伸びかけた二分刈りの頭が見慣れなかった。
 そこで晴子はガバッと起き上がり、夫の腕を強く掴んだ。 虚空しかないかと思ったが、筋ばったその腕は温かく手の中に残った。
「あなた……本当に帰ってきたのね!」
「ああ、ちゃんと生きてるよ」
 一息置いた後、吉彦はためらいながら続けた。
「夢を見てたね。 登志子! と叫んでいた」
 晴子は目を閉じた。 瞼の下から筋を引く涙を見つめながら、吉彦は明け方目を覚まして以来ずっと考えていたことを言葉にした。
「晴さんはあの子を救った。 情が移ったから他所へやることはできないだろう。 それにきっと、あの子も晴さんを救ったんだ。 だから」
 言葉がわずかに途切れた。 晴子は息を止めて、結論を待った。
「今のままにしておこう。 あの子はうちの長女。 登志子の生まれ変わりだということに」






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