表紙

羽衣の夢   12 新婚の二人

 当時の結婚式が地味かというと、必ずしもそうではなかった。 そば屋の二階でつつましく挙げる人がいれば、ホテルの広い宴会場で、沢山の親戚知人を集めて行なうこともあった。
 吉彦と晴子の場合は、その中間ぐらいの規模になった。 彼の会社が一流企業で、本人も将来を見込まれて上役に目をかけられていたから、会社の施設を安く貸してもらえ、招待客も両家で七十人を超えた。
 下町には腕のいい髪結いが多かったので、晴子は見事な文金高島田〔ぶんきんたかしまだ=華やかな髪型〕と化粧で、母がびっくりするほどの花嫁になった。 打ち掛けは、裕福な鉄工所に嫁いだ叔母が豪華な衣装を貸してくれた。
 三々九度をとどこおりなく済ませ、電車で新婚旅行先の熱海〔あたみ〕に旅立つとき、吉彦が上気した顔で褒めてくれたことを、晴子は記憶に刻みつけている。
「天女みたいに綺麗だって言われたよ。 同僚が焼餅焼いてたようだった。 僕も鼻が高い。 着物でも洋服でもこんな上品な花嫁さんで」
 晴子ははにかんで微笑し、着替えた旅行用の洋装を見下ろした。 母と洋服屋に行って、初めてあつらえた水色のスーツだった。


 温泉旅館の離れでは、まだ一緒に入るのは恥ずかしいので、吉彦が先に風呂を使った。
 彼が出てくるのを待つ間、晴子は廊下の窓に寄りかかり、空をちりばめる星を見上げていた。
 様々な思いが心をよぎった。 出会いからこれまでのこと、今日から一人暮らしになる母への気遣い、そして最も不安で考えたくない夫の出征……。
 それでも幸せだった。 少女らしい憧れで思い描いていた以上の人を、晴子は夫にできたのだ。 若い男性がどんどん姿を消しているこのご時世で、それは奇跡に近かった。
 やがて軽い足音が聞こえて、吉彦が上がってきた。 二人は笑顔で指先を触れ合い、交代! と言葉を交わした。 照れ隠しだったが、家族としての親しみが増した瞬間でもあった。


 その夜のぎこちない初床も、後になるといい思い出になった。 吉彦は経験を積むために娼館へ行くなどということはできなかったらしく、抱き合って口づけしたまではよかったが、その後どうするのかよくわからなくなった。
 それで二人は相談を始めた。 まさかこんなことになるとは思いもしなかったけれど、一足飛びに大人扱いされて、晴子はだんだん楽しくなった。


 最後に結ばれたときは、大きなことを成し遂げた気分になった。 考えてみれば、確かにそうだ。 この行為で新しい人類を産み出すのだから。
 気がつくと、吉彦が晴子のぼんのくぼに顔を埋めて、息を切らしながら声を忍ばせて笑っていた。
 つられて晴子も笑顔になった。 顔を上げないまま、吉彦が囁いてきた。
「面目ない」
 顔一杯に笑いを広げて、晴子は大きく首を横に振った。
「あなたがどんなにいい人か、改めてわかった」





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