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表紙


36 夜に来た荷



それから半月は、穏やかな日々が続いた。
 蔦野さんは円香との同居に慣れ、ときどき突拍子もないことを言ったりしたりして、安心して地を出すようになったが、円香は気にしなかった。 祖母の入院に付き添っていたとき、周りの病人には年配の人が多く、たまには信じられないほど身勝手な患者も目にしたからだ。 病気で気分が悪いのはわかるにしても、看護師をいじめ、医者に逆らい、根っから底意地が悪いのではないかとしか思えない人間もいた。
 そんな人に比べれば、蔦野は本当にかわいいものだった。 ぐずるときはたいてい、体調が少し悪いときなので、できれば遠まわしに原因を聞き出し、うまくいかないときは早めに寝てもらった。 円香の提案で、蔦野の布団は最新式の寝返りが打ちやすく眠りやすいものに換えられ、ボタン一つで背中が持ち上がってすぐ起きられるベッドにしたため、蔦野は喜んで眠りに着くことが多くなっていた。


 保とも順調にいっていた。 毎朝のように短い挨拶を交わすのは既に日課で、天気が悪くて逢えなかった日には必ず昼に電話がかかってきた。 すれ違いになりたくないからと、いつもかけてくるのは保のほうだった。 でも円香にはわかっていた。 たぶん少しでも円香の出費を減らそうと思っているのだと。
 土曜日に、二回デートした。 一回目は本格的なもので、円香は久しぶりにおしゃれして、都心の最上階にある眺めのいいレストランへ連れていってもらった。 すばらしかったが、少し疲れた。
 二度目はがらっと変わって、保が円香に行き場所を任せてくれた。
「今度は君の行きたいところへ行こう。 代わりばんこっていうの、どう?」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃ、ショッピングモール歩きっていうの、どうかな。 食べ物屋もあるし、男性用の店もけっこうあるし、意外と楽しいよ」
 前は会社の同僚と、仕事帰りにぶらりと立ち寄ったものだ。 疲れたらすぐ休めるし、いつでも帰れるのが気楽だった。
 このデートは思った以上にうまくいった。 保はリラックスして楽しみ、二人とも少しずつ物を買って、モールに流れていた歌を口ずさみながら帰りの電車に乗った。 前よりちょっぴり相手を深く知り、親しみをいっそう強めて。


 十一月二二日の夜は小雨が降っていた。 蔦野は円香のためにきれいなマフラーを編んでくれて、今ではお揃いの手袋に取り掛かっていた。 これが細かい作業で、五本指を一本ずつ短い棒針を使って編みあげていく。 だから目が疲れて、夜の八時にはうとうとし始めた。
 円香は心から蔦野さんに礼を言い、お風呂に付き添ってから寝室を暖めて、気持ちよく寝てもらった。 自分はまだ眠くなかったため、茶の間を片付けて離れに帰り、化粧品の整理をしていると、チャイムが鳴った。
 円香は枕元に置いてある母の形見の時計を見た。 今八時四十三分。 こんな時間に何だろう。
 すぐ母屋に行ってインターホンに出ると、明るい声が返ってきた。
「○○宅配です。 お届け物に来たんですけど」
 ですけど? 円香は語尾が気になった。
 宅配人はすぐに続けた。
「大きすぎてこっちの門から入らないんですよ。 ただ置いてくわけにもいかないし」
 いったい何だ? 円香は首をかしげた。 引越し荷物はとっくに全部届いている。 そんな巨大なものを、いったい誰が送ってきたんだ。







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