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34 大成功かも



それから保と円香は軽く唇を合わせ、次第に本格的なキスに入った。 うまいとか下手とか、技巧は関係なかった。 ただ心のおもむくままに、相手を愛しいと思いながら唇を重ねた。
 顔が少し離れたとき、どちらも息を切らしていた。 心臓が普段の倍ほどの勢いで跳ねている。 円香は目を閉じて保の胸に寄りかかり、額を押し付けた。
 窓の彼方から、ねぐらへ帰る鳥たちの呼び交わす声が聞こえた。 保のシャツをそっと掴んだまま、円香は囁いた。
「あなたのこと、もっと話して。 どんなことでも知りたい」
「え?」
 保はたじろぎ、笑いになりきらない表情で恋人を見下ろした。
「自分の話をするのは苦手だな」
 そういうところがまた好きなんだけど、と、円香は密かに思った。 舌は回るが自分のことしか話さない人間というのが、案外多い。
「何でもいいんだって。 色は何が好き? 季節はいつが楽しい? 好きな車でもいいよ。 前に会社の同僚でハーレーダビッドソンの話しかしない人がいた」
 保は吹き出した。
「マニアだな」
「そう。 でもすごく幸せそうでね、ちょっとうざいけど嫌いじゃなかった」
「うんちくを聞いてあげたの?」
「時間があるときはね」
 すると保は目じりに小さな皺を寄せて笑った。


 一時間ほど過ぎ、二人はいっそう心の絆を深めて二階から降りてきた。 保は円香の手をぎゅっと握ってリビングを覗き、ゴルフクラブの手入れをしている父と、そろそろ夕食の支度を始めた母に声を掛けた。
「じゃ、円香ちゃん送ってくるから」
「お世話をおかけしました」
 円香がその横から頭を下げると、二人はリラックスした様子で笑顔になった。
「じゃ、暗くなったから帰り気をつけて」
「気軽にまた来てね。 お隣なんだから」
「ありがとうございます」
 円香の声が無意識に弾んだ。 少なくとも、美恵のほうには純粋な好意が感じられた。
 斉の姿はなく、結局廊下にも現れなかった。


 短い、といっても五分ぐらいかかる帰り道で、二人はつないだ手を大きく振って歩いた。 気持ちが高ぶっていて、そんな小学生のような態度がぴったり来る感じだった。
「楽しかった〜」
 円香が空を見上げた。 もう星がだいぶ出ている。
「皆さん優しくしてくれて、ほっとした」
「そんなに心配してた?」
「そりゃあ。 だって初めてだよ。 第一印象って大事」
「絶対よかったと思うよ」
 保は確信を持って言い切った。 斉がまた気まぐれを起こして、無愛想になったのだけが少し気がかりだったが。






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