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表紙


33 静かな夕方



幸い、保の家族は皆礼儀を心得ていて、それ以上円香の経歴などを尋ねることはなかった。 代わりに大垣家とは昔から仲良くしていると語り、蔦野さんが医者でさえ家に入れたがらないと言った。
「あの人は一人暮らしの厳しさが身についてるね。 だからあなたが一緒に住むことになったと聞いて、こりゃよほど信用されてるんだろうと話していたんだ」
 保の淹れてくれた紅茶はおいしかったし、うれしいことにお使い物のお菓子も味が良かった。 円香はほっとしながら、控えめに説明した。
「調査はなさったみたいです。 かわいがっていただいてます。 昨日もエノケンの映画を二人で見て」
「エノケン!」
 陽気な父はまた声を上げた。
「我々の世代よりずっと古いな」
「お父さんたちはクレージーキャッツ?」
「いやー、ダウンタウンなんかだよ」
「それも古くない?」
 急にリビングがにぎやかになり、円香はゆったりと紅茶を飲むことが出来た。


 お茶の時間が一段落すると、保がさっと立ち上がって円香を誘った。
「じゃ、顔合わせはすんだから、あっち行かない?」
 円香はすぐ彼の差し出した手を取って立ち、両親に会釈していそいそと部屋を出た。


 二人が去った後、父の和俊〔かずとし〕は真顔になって、紅茶を飲み干してからぽつりと言った。
「美人だな」
 すぐ母の美恵もうなずいた。
「派手なタイプじゃなくて、なんていうか、いつまでも見ていたくなるような顔立ちね。 気持ちがいいっていうか」
「あれだと保が一目で参ったのは無理ない。 それに文句なく礼儀正しい」
「頭も回る」
 斉がぽつっと口を添えた。
「完璧すぎるよな」
「おい」
「ちょっと」
 両親の声が揃った。
「今度は邪魔するなよ」
「前だってオレは何もしてない!」
 強く言い返すと、斉はぷいっと居間を出て、自分の部屋に行ってしまった。


 その頃、円香はピカピカの窓から夕暮れを眺めていた。 保の部屋は彼の個性がよく出ていて、温かみがあり、ゆったりしていた。
「お母さん、お若い」
「女ばかりの姉妹でさ。 うちで集まるとめっちゃ賑やか」
「いいなぁ」
 円香の言葉には本物の憧れが詰まっていた。 きょうだいが一人でもいれば、どんなに孤独がいやされただろう。 それにきっと責任も半分にしてくれたはず。
 背後から保が近づいてきて、胴に腕を回した。 円香は大きな体に寄りかかり、深い安心感に包まれた。
「私を好きになってくれて、ありがとう」
「えっ?」
 保は驚いた様子で、腕に力が入った。
「君ならもてもてだったろ?」
「とんでもない」
 円香は笑った。
「高校まで運動部で、真っ黒だった」
「へえ〜。 よく色がさめたね」
「そうね〜。 別に美白とかしてないのにね」







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