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32 これが家族



若者三人が玄関の広い上がりかまちに立っていると、右前の大きな引き戸がするすると開いた。 家の中は淡いベージュの壁と明るい栗色の木部で統一されていて、明るく気持ちのいい空間だった。
 戸の中から、丸顔の夫人が顔を出してにっこりした。
「いらっしゃい、小田島さん、さあどうぞどうぞ」
 円香は急いで正式なお辞儀をした。
「はじめまして。 小田島円香です」
「よくいらっしゃいました。保と斉の母です。 こっちのほうが暖かいから入ってね」
「おじゃまします」
 思ったよりずっと気軽な感じのお母さんだった。 かわいらしくて、大きな息子が二人いるとはとても思えない。 といって若作りなわけではなく、ゆったりした青のパンツボトムに黒の暖かそうなセーターという動きやすそうな普段着がよく似合っていた。
 保と斉にはさまれる格好で明るい今に導きいれられた円香は、ソファーに座っていた中年男性に気安く手を振られて、オッと思った。 息子二人の端整な顔立ちがどこから来ているのかよくわかる、なかなかの美形だ。 ただ、息子たちのどちらとも性格は違うようだった。
「こんちは」
 円香は気を引き締めて、うっかり相手のペースに乗らないように父親にもきちんと挨拶した。
「小田島円香です。 よろしくお願いいたします」
「うわっ」
 正真正銘驚いた様子で、父親は座りなおした。
「すごいな。 うちの採用試験に来てくれたら一発合格だ」
 冗談だかなんだかよくわからない。 円香はあいまいな笑顔を返すと、持ってきた菓子の包みをそっと夫人に渡した。
「大したものじゃないですが、ご挨拶代わりに」
「まあ、気を遣わせちゃって」
 楽しそうに受け取ると、夫人は声を低くした。
「お父さんのこと気にしないでね。 お腹は黒くないのよ。 頭はまだ黒々してるのが自慢だけど」
 後で考えてみると、このユーモアにずいぶん救われた。 冗談好きな円香は思わず笑いそうになり、夫人に感謝の眼差しを投げかけた。 それは充分通じたらしく、夫人の態度はさらに和らぎ、円香の肘を取ってL字型に置かれたソファーの片方の真ん中あたりに座らせた。
「さあ、きれいな人はここ。 初めて来てくれた記念に、みんなで何か飲みましょう。 円香さん何がお好き?」
 円香はすばやく考えた。 保と飲んでいるのはカフェラテだが、食いしんぼなので基本何でも飲むといっていい。。
「コーヒーでも紅茶でも。 ウーロン茶も好きです。 祖父母に育てられたので」
 両親が驚いた顔をした。 保が家で彼女の情報を何でもしゃべってしまうというタイプでないのが、これでわかった。
「まあ、そう。 ウーロン茶は体にいいのよね。 じゃ今日は紅茶にしますか」
「じゃ僕が淹れる」
 そう言って、保がいったん座った円香の隣から立ち上がった。
「お母さんせっかちで、いつも薄めだから」
「はいはい、じゃ上手に淹れてね」
 保の口調にはかすかに苛立ちがこもっていたが、夫人はにこにこしたままで上矢氏の隣にゆったりと腰を下ろした。
 斉は一人掛けの椅子に座り、傍にあった雑誌をめくっていた。 横顔が父親によく似ている。 円香はゴム事件を思い出し、ついでに斉にはいつも遠慮なくポンポンと言葉をぶつけていたことも記憶から引っ張り出して、今の自分がどれだけぶりっ子に見えるだろうと可笑しくなった。 それで、わざとしおらしく斉に尋ねてみた。
「保さんとはいくつ違いです?」
 斉はゆっくり顔を上げ、一本調子で答えた。
「三歳半かな」
 円香は少し驚いた。
「じゃ、私より年上なんだ」
 とたんに斉の眼が鋭くなった。
「年下だと思ってた?」
 うっかり、うん、と答えそうになって、円香はあやうく逃れた。
「ええ、なんとなく」






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