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28 約束できた



翌日の木曜日は朝から雨だった。 大垣家の前で会えなかったので、保はいらついた。 さっそく両親に話して付き合いを知らせたことと、今度の週末に家へ来てくれないかと、早く知らせたかった。
 それで昼休みに外へ食べに行ったとき、食事処の表の軒先で、円香に電話した。 円香はすぐ出た。
「保さん?」
 わお、かわいい呼び方! 保は自然に顔がにやけた。
「円香ちゃん、今電話だいじょうぶ?」
「だいじょぶだよ〜。 なに?」
「あの、今度の土日のどっちかにうちへ来れる? 家族紹介とかそんな大げさなもんじゃなくて、お隣だから気軽に来てくれればいいんだけど」
 ほんの一瞬間が空いて、円香のやわらかい声が聞こえた。
「わかりました。 じゃ土曜日は?」
「土曜日ね。 何時ごろがいい?」
「時間は保さんが決めて。 午後は自由時間だから」
「そうか〜、じゃ四時から来て、できれば夕食いっしょにしてくれるかな? 母が楽しみにしてて」
 またわずかに間があいたが、円香は明るく返事した。
「はい! 大垣さんに許可取っておきます!」
 肩のこわばりがスッと取れた。 保は円香に見えないのを幸い、満面のにやけ顔になってスマホに囁いた。
「ありがと。 また明日の朝に会おうね。 ちゃんと雨止むかな」
 鉛色の空からは雨粒が執念深く次々と落ちてくる。 円香の困ったような声が聞こえた。
「予報でははっきりしない。 雨が残るかもって言ってた」
「くそ」
 思わず呟いて、円香の笑いを誘った。
「きっと止むよ。 じゃ確認。 土曜の午後四時ね」
 保はまた元気付いた。
「うん、迎えに行く」
「じゃね、また明日ね」
「今日も元気でね」
「保さんも」
 電話を切るのが、お互いに惜しかった。


 土曜日か。
 保はその日、定時に帰れたので、早速自室の片付けにかかった。 日ごろからそんなに乱雑にはしていないが、やはり初めて彼女を呼ぶのだからできるだけパリッとしておきたかった。 金曜日はどうしても遅くなりがちなので、今日から始めたほうが無難だ。
 夕食の後で保が小型の掃除機をせっせと使っている音を聞きつけて、斉が覗きに来た。
「窓ガラスが汚れてるよ」
 本棚の横の綿ぼこりを掻き出しながら、保は面倒くさそうに答えた。
「それは明日」
 ベッドにどしんと座ると、斉はまじめな顔で言った。
「すげー本気だね」
「そうだよ」
「その人、保ちゃんにふさわしい人だといいね」
 くの字に曲げた体を起こして、保は弟をじっと見つめた。 こんなに真剣な口調でこんなことを言われたのは、たぶんこれまでで初めてではないか。
「おっとどうした。 マジで言ってるみたいだな」
「もちろんマジだよ」
 そう言って、斉は大きな眼をパチパチさせてみせた。 保は笑って軽く弟を突き、今度はクローゼットの隅に目をこらした。






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