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表紙


25 急な展開で



円香の喉がゴクッと鳴った。 驚きと緊張のせいで、本当に鳴ってしまった。
 すると保が空いた手を円香の肩に置いて、冗談めかして言った。
「お腹すいてるのは、どっちだ?」
 予想外の言葉に、円香はプッと吹いてしまい、緊張は一度にほぐれた。
「もう〜。 お腹が鳴ったわけじゃないんだから」
「ちがうの?」
「ちが〜う」
 体をぶつけあってまた歩き出すと、保がさっきの続きを始めた。
「中坊で気がついた。 まだちゃんと告〔こく〕ってなかった。 もうわかってると思うんだけど、付き合ってほしいんだ」
「私と?」
 反射的に返した問いには、驚きが含まれていた。 保はすぐ感じ取って、不思議そうに円香を見つめた。
「なんでびっくりしてるの?」
「え? だって」
 あやうく後ろ向きの言葉が出そうになり、円香はあわてて踏みとどまった。
「会ったばかりだし」
「そんなことないよ」
 保は日数を数えはじめた。
「君が大垣さんちを訪ねてきたのが先月の二一日だろ。 もう十日以上経ってる」
 この人、私が初めて蜜柑町に来た日付を覚えてる── 円香は目に星を浮かべそうになり、急いで現実世界に舞い降りた。 付き合ってほしい=運命の人ってわけじゃない。 デートして別れるカップルはいっぱいある。 保さんはとても誠実に見えるけれど。
「本気なら、すごいうれしい」
 息が切れないように少しずつ答えると、保の顔にゆっくり微笑が広がって明るくなった。 なんだか欲しかったプレゼントをもらった少年のように見えて、円香は手を伸ばして彼の頬にそっと触れた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 そう低く答えた後、不意に保は円香の脇の下に腕を入れて抱きしめた。 でも前かがみになったため、肩から落ちてきた大きなショルダーバッグが間にはさまって、顔が届かなかった。
 少し体を離すと、保はバッグを背後に追いやり、円香の顔を両手で挟んだ。
「ドジでごめん」
 円香は無言で首を振った。 今度こそ目に星が出ているのを自覚しながら。
 ゆっくり唇が重なり、そっと離れた。 彼の唇は温かかった。 






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