表紙目次文頭前頁次頁
表紙


24 付合いたい



八時半少し前に円香がコーヒーショップに行くと、保は既に店の前で待っていた。 円香はあわてて小走りになった。
「ごめんね〜、こっちが来てくれって頼んだのに」
「いや、勝手に早めに来たんだ。 夜ひとりで待たせたらいけないから」
 やっさしい! 円香は思わず保の右腕に抱きついてしまった。 かっこよく見せるための作戦かもしれないけど、そもそも普通の男の子はそこまで気がつかないものだ。 少なくとも、円香がこれまでデートした子たちはそうだった。


 中に入り、やや奥めの席を取って、円香はすぐ蔦野にかかってきた不審電話について手短に話した。
 すると保は、二秒ほど慎重に考えた後、ぽんと言った。
「バカな男だね。 そんな言い方だと初めから警戒されちゃう」
「私もそう思った」
「自信がないから、いきなりDNA検査なんて言い出すんだろうな。 それにまだ送ってこないし」
「なんかつじつまが合わないよね」
「封書が来たら、うちへ持ってくるといいよ。 親父の学校友達に弁護士してる人がいて、会社のことも頼んでるから、相談できるし」
 円香は嬉しくて手を打ち合わせた。 彼はほんとに頼りになる人だ。
「ありがとう! でも、いいの? 弁護士さんに訊くと、別に費用がかかるんじゃ?」
 保はあわてず首を振った。
「いや、親父は友達が開業したとき、後押ししようと思って顧問契約したんだって。 今じゃその人、野間〔のま〕さんっていうんだけど、事務所が大きくなって腕利きになっても親父と仲良くて、よく飲みに行ってるよ。 あのときは月五万の顧問料が本当にありがたかったって言ってる。 だから相談には乗ってくれるよ。 父のほうも顧問料は経費でちゃんと落ちるしね」
 円香は彼にまた抱きつきたいくらいだった。 専門家の助けは本当にありがたい。 そして、そういうつてのある上矢家も。
 そこで円香は、ふと我に返った。 大会社ではないにしても、世間に名前の知られたサンダル会社の跡継ぎだから、保さんはこういう知識があり、判断力も備えているのだ。 それに引き換え、自分のほうは、ふつうの育ちとはいえ今は家族なしの一人ぼっち。 祖父母を見取って、貯金は底をついた。 これじゃ結婚相手どころか、恋人としても物足りないだろう。 おしゃれな服なんて持っていないし、またコツコツ貯めなきゃいけないからそんな余裕もない。
 舞い上がった気持ちが一度に覚めて、円香は溜息をつきそうになり、あわてて笑顔をつくろった。
「蔦野さんに話していいかな。 きっと安心すると思う」
「いいよ、もちろん」
「私もほっとした。 電話って相手が見えないから、不安だよね」
「特に大垣さんみたいな年配の人には。 オレオレ詐欺の手口に似てない? ずっとヘタだけど」
 円香はうんうんとうなずいた。 そのとき、保のふくらんだショルダーバッグが目に入って、気になり出した。
「夕ごはんまだ、だよね。 早く帰りたいでしょう?」
 そわそわしはじめた円香を、保は目をぱちぱちさせて見つめ、ゆっくり席を立った。


 店を出たとき、ちょうど信号が赤から青に変わった。 ここの信号は間隔が短い。 円香は反射的に保の手を取って走った。
 信号は悠々と渡れた。 しかし路地に入った後も、二人は手をつないだままだった。 その夜は気温がどんどんと下がっていて、お互いの体温が気持ちよかった。
 できるだけ彼の歩幅に合わせようとして、円香は早足で歩いた。 すると保の指が軽く引っ張るのが感じられた。
「急がなくていいって。 そんなに腹すいてないし」
「遅いとご両親が心配するかも」
 とたんに保がプッと吹いた。
「やだな。 中坊じゃないんだから」
 円香も笑った。 心配してもしなくても、両親がいていいな、と思いながら。
 そのとき、保が不意に立ち止まったため、円香は引っ張られて軽くのけぞった。
「そうだ、一度うちに来ない? 両親に円香ちゃんのこと紹介したいんだ」






表紙 目次前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送