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23 待ち合わせ



 初めて電話をかけるときは、気を遣う。 円香は昼休みの十二時四○分にスマホを出したが、ちょっとためらった。 まだ昼食を取っている最中だったら、迷惑だしな…… 決断の早い性格にしては珍しく決められなくて、明るくした画面を眺めていると、そのとたん向こうからかかってきた。 同じ時刻に同じことを考えていたわけだ。
 円香は大急ぎで電話に出た。
「はい、上矢さん?」
 車の行きかう音をバックに、保の穏やかな声が聞こえた。
「こんちは。 なんか午前中ずっと気になっちゃって。 僕に相談したいことって何かなって」
「あ、ごめんね。 気にさせちゃって」
「そんなことないよ。 ただ、早くゆっくり話したほうがいいかと思って」
 そこで保は言葉をとぎらせ、低い声で笑い出した。
「早くゆっくりなんて、おかしなこと言った」
 円香も電話口でうっとり微笑んだ。 ああ、なんてすてきな笑い方なんだろう。
「じゃ、今日帰り道に時間ある?」
「もちろん!」
「日曜に食べたお店で話せるかな」
「じゃ、八時半で?」
「ありがとう! 八時半ね」


 大垣邸の晩御飯は早く、七時前後に始まる。 食事の間、円香は約束をどのように蔦野さんに話すべきか考えた。 そして、できるだけ隠し事はしないほうが二人のためだと思った。
 片づけが済んでから、円香は気軽な口調で切り出した。
「あの、四○分ぐらい出てきていいです?」
 蔦野はショートケーキと緑茶を前にして、目を丸くした。
「どうぞ。 お買い物?」
「いえ」
 自然に顔が熱くなって、円香は困った。
「上矢さんにちょっと相談があって」
 それを聞いたときの蔦野の顔はみものだった。 なぜかまったく驚かず、にっこりと優雅な笑みを浮かべたのだ。
「保さんね。 行ってらっしゃい。 時間は気にしなくていいから」
「すみません」
 急いで立ち上がろうとして、円香は自分用の湯のみ茶碗を倒しそうになり、あわてて布巾でていねいに拭いた。
「ごめんなさい」
「いいのよ。 私も保さんは大好き。 いい人よねえ、頼りになるし」
 やっぱり。 人生の大先輩の蔦野さんに人柄を保証してもらえると、円香は更に安心できる気がして嬉しかった。  






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