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表紙


20 鑑定を要求



 円香は背筋を伸ばした。 蔦野の心配そうな告げ方から、感じのいい電話ではなかったのが伝わってきた。
「どんな話でした?」
 他に誰もいないのに、蔦野は周りを見回すような動きをして、円香を手招きした。
「ちょっとお茶の間に来て。 帰ってきたばかりで悪いけど、すぐすむから」


 和室のお茶の間に入ると、蔦野はすぐお茶を入れ、ふかふかの座布団を出してきて円香を座らせた。 これではどちらが世話係かわからない。 蔦野が円香を本物の孫のように思い始めているのは明らかだった。
「野太い男の人の声でね。 ろくに挨拶もしないでいきなり、わたしは奥さんの従兄弟の子ですって。 でも私これまで従兄弟がいるなんて知らなかったし」
 円香はあきれた。
「いとこならご家族から聞いてますよね、ふつう」
 蔦野の声が低まった。
「それが外聞のよくない従兄弟らしいの。 その人によれば。 彼のお父さんはうちの父の弟の子で、外で生まれたんだそうよ」
 それからちょっと考えて、説明を加えた。
「つまり、お妾さんの子ね」
 円香の世代でも、おめかけという単語は聞いたことがあった。 いわゆる婚外子のことだ。
「ああ、そうなんですか。 でもその人が、急になぜ電話してきたんでしょう?」
 蔦野の口がぴりっと震えた。
「それが、DNA検査に協力してくれって」
「は?」
「つまり、大垣家の血縁だと証明したいそうなの」
 とたんに円香は悟った。
「あ、もしかすると」
 言い過ぎたら大変だと思い、そこで言葉を止めたが、蔦野は先を察して大きくうなずいた。
「たぶんね」
 二人は顔を見合わせた。 電話の男は遠縁だと証明させて、遺産を狙っているにちがいない。
「ここへ来るでしょうか?」
「来る気だと思うわ。 今日は挨拶だけで、後で書類を送ると言ってた。 言葉遣いはまあまあ普通だったけど、声の怖い人でね」
 しっかりした蔦野だが、肩がすぼんで、いつになく細く見えた。
 円香の目が燃えた。 相手がひとり暮らしの老人だと思って、強く出れば簡単に譲るとたかをくくっている電話の相手が憎かった。
「じゃ、その書類を見てから対策を考えればいいですよ。 そうだ、遺言書を正式に作ったって言われましたよね?」
「ええ、公証人さんに頼んで」
「よかった。 それなら大丈夫ですね」
 円香はひとまずホッとした。
「でもその電話の人、あまり賢くないですね。 第一印象が悪いと、ずっと続きますから」
「ほんとに」
 そこまで話して、円香は肝心なことに気づいた。
「その人、何ていう名前でした?」
「ええと」
 蔦野は上着のポケットから電話メモを出して、円香の前に置いた。
「こういう名前」
 紙には、鈴木タケヲと書いてあった。






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