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14 男家族の朝



翌日の二九日は、保が願いに願ったとおり、早朝に雲が切れ、雨がやんだばかりか、薄日が差した。
 デートとか何とか、そんな大げさなものじゃないけど、印象だけは少しよくしておきたかった。 普段着は古着しか持っていないのかとは思われたくない。 そわそわして早めにアラン編みのセーターとベージュのブーツカットパンツを穿き、 昨日のシチューの残りを適当に温めて、横でホットケーキを焼いていると、弟が起きてきてコーヒーを淹れはじめた。
「オレ二枚」
 また勝手に注文している。 面倒くさいので先に焼いてあったやつを渡してやった。
 妙なところできちんとしている斉〔ひとし〕は、ナイフを出してきて十五センチ直径ぐらいにうまく焼けたホットケーキを半円に切り分け、メープルシロップを胸が悪くなるほどかけてほおばった。
「シチューもよそって食えよ」
「昨夜のだろ? もう飽きた」
「オレは三日は続けて食えるぞ」
「カレーでも二日だな、オレは」
 ナンならともかく、ホットケーキとカレーって合うか? と疑問に感じながら、保がもう二枚焼いてテーブルに持っていこうとしたとき、タブレットを抱えて眠そうにあくびしながら父が現れた。
「おはよう」
「おはよう」
 保は挨拶を返したが、斉は余計な理屈をこねた。
「もう早くないぜ。 十二時過ぎだぜ」
 父の和俊〔かずとし〕は目を細めて、母の趣味で買った壁のからくり時計を眺め、にやっと笑った。
「十二時十三分か。 もう午後だな」
 そして保がテープルに置いたホットケーキとシチューの皿をかっさらい、軽く敬礼してみせた。
「いいだろ? 父さん料理はだめなんだ」
「知ってるよ」
 ため息をつきながら、保はコンロの前へ戻った。 母は昨日の朝から実家へ戻って、姉たちと羽を伸ばしている。 祖母の誕生祝なのだが、三人姉妹のほうが楽しんでいるにきまっていた。


 あっという間に食べ終わった斉が、今頃になって兄の服装に気づいた。
「お、出かけんの?」
「まあな」
「粉飛んでるよ。 エプロンかけたら?」
「うるせ。 そんなもん、はたけば落ちる」
 すると斉は椅子の背にだらしなく寄りかかり、父に似た目を細めて兄を観察した。
「休みなのに、ひげ剃ってる」
「だから?」
 ほっとけ、と思いながらも、保は言い返さずにいられなかった。 そうすれば斉はますます興味を持つはずだ。 すてきな子に誘われたんだぞ、と言ってやりたい気持ちと、そんなこと言ってついてこられたらどうする、という心配が、心の中でせめぎあっていた。
 斉は椅子の背から身を起こし、半笑いになって言った。
「つまり、女がらみだ」
 保は答えなかった。 それが返事になっていた。
 すると、父が不意に声を出した。
「遠慮しないで、うちへ連れてこいよ。 父さん大いに歓迎するから」
 斉は何も言わず、椅子の後ろ足二本に体重をかけ、テーブルの足につま先をからめてゆすりはじめた。 まだ気まずい思いが残っているようだった。






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