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表紙


13 話のノリで



円香は上気していた。 人並みにポッと赤くなるなんて、自分が信じられない。 一見きゃしゃに見えるかもしれないが、これでも中学のときはクラスの応援団長で、体育祭では髪の毛をグリースで固めて一部逆立て、赤組の太陽ダァ〜〜! と連呼しながら敵の応援団に旗で殴りこみをかけたりしたものだ。 でも保にはそんな正体を見破られたくなかった。 少なくとも、最初のうちは。
 付き合いだしたら、呼び捨てできるかな── 浮き立つ気持ちで並んで歩きながら、円香はふと考えた。 なんだかそんな日は遠いような気がする。 横にいるのは物静かで、足の運びがきれいで、笑顔はもっと魅力的な青年なのだ。
 きっともてるだろうな、と思ったとたん、言葉が勝手に転がり出た。
「買い物なんて持ってもらったら、彼女さんに悪いな」
 自分で自分の声に驚き、二重に後悔した。 ほとんど初対面の人になれなれしく私生活の話をするなんて、と反省し、『彼女さん』がいたらすげーショックじゃん、と落ち込んだ。
 保は間をおかず、自然体で答えた。
「気にしないで。 そんな人いないから」
 わっ! 一瞬で熱気が首の辺りまで上がってきた。 円香は急に勝ち誇った。 やっぱ訊いてよかったじゃん。 彼女いないって。 やった〜〜!
「そうなんだ。 じゃ、お互い休みは時間が余るというか」
「そういえば」
 保は軽々とエコバッグを下げたまま、遠い目をした。
「だから休みが退屈なのか。 なるほど」
 円香が笑顔で見上げると、こっちを見ていた保と視線が合った。 まぶしくて、円香は思わずまばたきした。
「明日もお休み?」
「そう。 もっと退屈」
「じゃ、この辺のお店とか教えてもらえません? 来たばかりでさっきのスーパーしかよくわからなくて」
 ぎゃっ、ずうずうしい! そこまで言うか!
 円香はのぼせが顔まで上がってきて、断られる前に猛烈な早口になった。
「明日の午後は自由時間にしてもらえたから。 雨が止むといいなってずっと思ってて。 明日の天気予報だと……」
「たしか曇り。当たるといいよね」
 心なしか、保も少し急いだ話し方になった。
「午後、何時がいい? 迎えに行くけど」


 自分で言い出しておいて、円香は一瞬ポカンとした。 それから心臓の鼓動が、少なくとも一・五倍になった。
「二時で、どうかな?」
「いいね」
 そう答えて、保は微笑んだ。 円香が早くも大好きになった、ゆったりした微笑だった。
「うち、土日はみんな寝坊で、しっかり目が覚めるのは十時半とか十一時ぐらい」
「私も会社に行ってたころは、土曜はそんな感じ」
 保は空いている手で顎をさすって言った。
「明日はちゃんと剃ってきます」
「いえ、別にそのままでも」
 円香は彼に見とれながら、ぼんやりと答えた。






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