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表紙


10 妙な初対面



 円香は眼をぱちぱちさせたが、それだけだった。 向かい合った男の子の眼が面白そうにまたたくのを、視線の端っこで捕らえたからだ。
 この子、不意をつくようなことを言って、注意を引こうとしてる。
 すぐそうピンと来た。 前の会社でも、ときどきあった。 円香とすれちがった後、お、きれいじゃん、とあけっぴろけに言う男子と、あの程度で? と言い返す意地悪男。 そして第三の型は、とっぴょうしもないことを口にして、軽くジャブをかましてくる斜にかまえたタイプだ。
ともかく、邪魔をしたのは既にあやまっているのだから、それ以上受身になることはない。 円香はジャケットのポケットに手を入れて、アドバイスしてやった。
「さっきしてたのと同じことすれば、思い出せるよ、たぶん」
 そして、さっさと二六インチの自転車の列に戻った。
 色はブルーかライトグリーンにしたかった。 あっさりした型のにして、アクリル塗料で模様を描いて軽くデコする予定だ。 オリジナルな雰囲気にしておけば盗まれにくいし、たくさん駐輪していても見つけやすい。 買い物がたくさん積めるように、後ろカゴも買って取り付けてもらおう、など、いろいろ考えていると、横から声が降ってきた。
「それは止めとき。 フレームが曲がる」
 さっき聞いた声だ。 円香は顔だけ上げた。 するとやはり、忘れっぽい男子がすぐ近くに立っていて、フレームのつなぎ目を指差した。
「溶接がずれてる。 ときどき不良品があるんだ」
 円香はそこを指でこすってみた。 わずかにでこぼこしている。
「ありがと」
 ちょうど候補を二台にしぼったところだったので、もう一台のライトブルーの同じ部分をさわってみた。 そちらはちゃんとなめらかだった。
「じゃ、こっちにするわ」
 そして、ちらちらこっちを見ていた店員を呼んできた。 後部用のリアバスケットの料金を入れても、一万四千円足らずで買えた。


 お金を払って登録手続きを済ませると、円香はそのまま乗って帰ることにした。 急いでペーパータオルと秋冬用のルームソックスを選び、塗料とスプレー缶も手に入れて、レジで清算しているうちに、さっきの男の子の記憶はどこかへ飛んでいってしまった。


 斉〔ひとし〕はマウンテンバイクから離れ、雑誌を買いながら、楽しそうに自転車を引いて出ていく見知らぬ美人を見送った。 中学三年の秋以来、ここまで徹底的に女の子に無視されたのは初めてだったので、軽い驚きと同時に好奇心が沸いた。
 正確には無視されたとはいえないかもしれない。 彼女は斉の言葉にちゃんと答えたし、顔も真正面から見ていた。 だがその眼差しにはかすみがかかっていて、斉を電柱か街路樹ぐらいにしか考えていないのは明らかだった。
 次に会ったとき、オレの顔覚えてるかどうか、あやしいもんだな── そう思うと、どこか複雑な気持ちになった。 次に会う機会があるかどうか、わからないにしても。






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