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表紙


6 次の出会い



 上矢保〔じょうや たもつ〕が初めて小田島円香〔おだじま まどか〕に会ってから、三日が過ぎた。
 あの土曜日は、ずっと隣が気になっていた。 隣といってもお互いの玄関が七○メートル近く離れているので、あのかわいい名前の美人がいつ帰ったか、まったく気配はわからない。  それでも小一時間ほど後に、素知らぬ顔で大垣家の前をもう一度通ってみた。 もちろん着替えして。
 薄ぼんやり日の当たった大門は、いつものとおりだった。 また同じコンビニで雑誌を買って戻ってきたときも、新たに人の出入りした気配はなく、保はさっきとは別人のようにすばやい足取りで家に帰った。
 もう一度、あの子が帰るところを見たかったな──ただそれだけのために、休日の半時間をムダにしてしまった。 逢えたらとても充実したひとときにするつもりだったのだが。
 まず、大通りまで送っていく。 その間に何とかして、どこに住んでいるか聞き出す。 どっちかというと口の重い保にしてみれば大変な作業だが、一目でビビッと来た子をそのまま逃がすなんて、もったいなすぎだ。 がんばれたはずだ。 もし逢えたら。


 月曜の朝にいつも通り、蔦野さんが玄関前を掃いていたので、挨拶のついでに思い切って尋ねてみた。
「おはようございます。 お客さんでしたね」
 蔦野はほうきを使う手を休めて顔を上げ、のんびりと応じた。
「ええ、道案内してくれたんですってね。 お宅は皆さん親切で、助かります」
 それだけだった。 まあ普通、そんなものだ。 しつっこく聞き続けるわけにもいかず、保はバス停へ急ぐしかなかった。
 今日は火曜日。 もう諦めはついていた。 けっきょく、彼女とは縁がなかったのだ。
 朝の六時過ぎに、ようやく上りかけた朝日を斜めに見ながら、ポケットに手を入れ、前かがみになって急ぎ歩きをしていた保は、やがて目の前で大きくなってきた光景に、眼を疑った。
 大垣邸の玄関前がきれいに掃き清められている。 いつものように。 だが、ちりとりと長ほうきを持って通用口から姿を消そうとしているのは、ぴったりしたストレッチジーンズと長めのアラン編みセーターを着た若い娘だった。
 条件反射的に、保は走った。 どう見えるか、後から気づいたが、そのときはもう夢中だった。
 ドタドタという靴音で、娘は足を止め、門扉に手をかけたまま振り向いた。 そして、眼をパチパチさせて言った。
「あ、おはようございます!」
「おはよう……ござます」
 口がもつれた。 何という醜態。 でも驚きのほうが恥ずかしさより大きく、保は息を切らして尋ねた。
「あの、なんでここに?」
 すぐにマドカの頬が、ぽっと染まった。 ただでさえのぼせていた保は、その愛らしさにノックアウトされそうになった。
「お手伝いすることにしたんです。 大垣さんの」
 それから早口で付け加えた。
「全然しっかりしてらっしゃるんですけど、転ぶとか、めまいがするとか、大変なことになってからじゃ遅いんで」


 うわ。
 うわ──!
 たちまち、保は天高く舞い上がった。
 もちろん体は地上にいるが、心は空の上で三代目のR・Y・U・S・E・Iを踊りまくっていた。 少なくともあのダンスなら、オレにだって踊れる。
「よかった〜」
 思わず本音が口をついて出てしまい、保はごまかすのに必死になった。
「ずっと気にしてたんですよ、うちのみんな。 親父が前に蔦野さんにお世話になって。 だから一人じゃ大変だろうなって」
 すると安心した様子で、円香は笑った。 保は思わず抱きしめそうになり、あせって一歩下がった。
「じゃ、あの、大垣さんのことよろしく。 僕会社があるんで」
「いってらっしゃい」
 円香は気持ちよく応じた。 保はもう一歩下がり、向きを変えて歩き出したものの、振り返りたくてたまらず、気温は低いのに変な汗が首筋に浮いた。






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