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アンコール!  126 叔母の後悔



 ヘレナは手紙本文の紙を開いた。 文字は書き手の性格を表すというが、いかにも物静かで気の弱い人がしたためたと思われる、蜘蛛の糸のような細い字だった。


『我が姪、イザベル・ハモンド令夫人へ
 御結婚おめでとうございます。 ご夫君のハムデン子爵から父宛に丁寧なお知らせを頂きました。
 父は大変喜んでおりました。 ぜひお礼を書きたいと申していましたが、最近一段と体が弱り、喉も枯れて、秘書に代筆させるのもままならず、それなら私から貴女に感謝とお祝いをお伝えしようと思いつきました。 兄である貴女のお父様とは、父に隠れて何度か手紙のやりとりをしていたからです。
 お気の毒なお母様が亡くなられたと知って、イングランドに戻ってきてほしいと勧めたのも私でした。 父は跡継ぎを失ってがっかりしていましたし、その息子ヴィンスに失望して、デヴィッドがいたら躾け直してもらえるのに、と言っていましたから。
 でもヴィンスは私たちに黙って、貴女のお父様を追い返してしまいました。 貴女が私に似ていると手紙にあったので、お会いするのを楽しみにしていたのに。 私には息子が二人いますが、娘には恵まれなかったのです。 ですから貴女の後見をして、うちからデビューさせてあげたかった。 夫も快く承知してくれたのですが。
 デヴィッドは気位の高い人でしたので、お金の話は書いてきてくれませんでした。 ですからヴィンスが仕送りを横取りしていたなどとは夢にも思わないで、ただ戻ってきてほしい、父も意地を張るのを止めたから、と頼むばかりで、旅費も送らず、本当に考えの浅い叔母で申し訳なかったと思います。
 ご夫君の子爵にお目にかかったことはありませんが、父の話だと名実共に立派な方だとか。 お二人の幸せを衷心よりお祈りいたします。 そして、もしできることなら、父がみまかる前にお二人でランカシャーを訪れてもらえたら、と心から願っております。


マーガレット・ギルフォード・ホイットリー』



 やや読みにくい文面をじっくりたどるように読んだ後、ヘレナは小さく唇を噛み、それから大きく呼吸して、手紙を夫に渡した。
 読み終えてから、ハリーも沈んだ顔つきになった。
「どちらにも遠慮と誤解があったんだな。 君のお父さんは気の毒だった」
「ウィンドメア侯爵はあなたをとても高く買っているようね」
 それがヘレナには嬉しかった。 ハリーは困ったように照れ笑いして、妻の肩を抱いた。
「頑固じいさんの扱いには慣れているからね。 国務省のお偉いさんだの、サイラス・ダーモットだの」
 ヘレナが下を向いてくすくす笑うと、ハリーは肩に回した腕に力を篭めて引き寄せた。
「子供が生まれて、しばらくして落ち着いたら、ランカシャーへ旅するのもいいね。 手紙には弱ったと書いてあるけれど、きみのお祖父さんはまだまだ十年は持ちそうだったよ。 だから、急ぐことはないけど。 どうだい?」
「そうね、父を励ましてくれたメグ叔母様に逢いたいし」
 叔母様は私のことも気にかけてくれたんだ──そう知って、ヘレナは眼前に新しい世界が開けた気がした。





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