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アンコール!  123 初の舞踏会



 善は急げだ。 そろそろヴァレリーも、これまで招待されてきた貴族たちを呼んで、返礼パーティーを開く時期になっていたので、ちょうど都合が良かった。
 準備を仕切る難業は、顔の広いハリーが連れてきた遠縁の女性が喜んで買って出た。 スティーヴンス夫人というその中年女性は、陸軍少佐の夫と死に別れた後、ファーリー公爵夫人の有能なコンパニオンとして何度も大規模なパーティーを開いた経験があり、夫人から遺産の一部を贈られて引退した今は暇で退屈していた。
 ヴァレリーとヘレナは、流れるように作業を行なう夫人から、様々な手順を学んだ。 やることはいくらもあった。 大広間の片付けと飾りつけ、招待客の選び方と招待状の書き方、様々な客を満足させる軽食と本式な料理のメニュー、、飲み物は何をどのくらい準備するか、などなど。  その間、下の使用人区画では、執事と家政婦が先頭に立って、一度に大勢の客が来たときの予行演習をやり、料理人が献立表を作って、手際よく出せるよう今から声を枯らして指示を徹底させていた。
 ラルストン邸全体が活気に満ちてせわしなかった。 居場所をなくしたトマスはハリーの屋敷に避難して、昼間はビリヤードや乗馬などで時間をつぶし、夜になるとこそこそと自宅に戻った。
 ヴァレリーは夫が見えなくてもあまり気にしなかった。 どこで誰と過ごしているかわかっていたからだ。 ヘレナが参考になるからといって伯爵邸に入りびたりなので、ハリーは寂しいはずだ。 男二人で気をまぎらせていてくれれば、余計な心配をしないですんで大助かりだった。


 準備期間は羽が生えたように過ぎ去り、いよいよ舞踏会の当日が来た。 招待状にはほとんどの人が出席の返事をよこしていて、家中が張り切った。
 パーティーには、開始時間を少し過ぎてから到着するのが礼儀だとされている。 早く行きすぎるとまだ用意が出来ていないかもしれないからだ。
 しかし、話題のラルストン伯爵夫妻が初めて開く舞踏会とあって、人々は急いで詰めかけた。 お揃いの制服に身を固めた従僕二人が重々しく正面玄関の扉を開くと、そこにはもう、着飾った男女の小さな列ができていた。
 トマスとヴァレリーは、玄関広間で客たちを出迎えた。 目の色に合わせた青の生地に白と紫のトレーンをつけたヴァレリーのドレスは、豪華な中に清楚さがあって、彼女の美しさをよく引き立てていた。 横に並んで堂々とした立ち姿を見せているトマスは、最近薄く小さくなってネットクロスと呼ばれるようになったクラヴァットの留めに、大粒のサファイアをきらめかせていた。 それはもちろん、妻のドレスに合わせるためだった。


 舞踏会場に入ってから、人々の関心は一気に、初めて表舞台に現れたハムデン子爵夫人へと集中した。 ハリーが社交界の人気者で、若いデビュタントの関心の的になっていたせいもあって、トマスに続いてまた一人花婿候補を失った令嬢たちと母親たちは、少なからず意地悪な目で、美貌の若夫人を観察した。
 そのうち何人かは、ヘレナの腹部がいくらかふっくらしていることに気づいた。 すぐにひそひそ話が囁かれはじめたが、ヘレナは淡々とした表情で受け流していた。
 夫妻に紹介された客が、まだ誰も本格的な嫌味を言い出さないうちに、別の噂が急速に広まった。 するとそれまで傲慢な視線を送っていた貴族や夫人たちが、戸惑った表情になって愛想笑いを浮かべはじめた。
 ヴァレリーがやらかしたな、と、ハリーはちらりと会場の向こう側へ目を走らせた。 そこには主人役のトマスとヴァレリーが優雅に立っていて、ハリーの目線に気づくと同時に笑顔を送ってきた。


 そこからのヘレナに対する人々の扱いは、申し分なく敬意の篭もったものになった。 ハリーはご機嫌で、まずヴァレリーと踊った。 トマスのほうも、すかさずヘレナの手を取ってコントルダンスの列に入った。 磨き上げられた床の上を、女性の上靴と男性の革靴がすべるように動き、円を描く。 柔らかくしなった女性たちの白い腕が男性たちの黒い上着に映え、シャンデリアの光を受けて淡い金色に輝いた。





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