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121 孤独な少年
翌日新聞に載ったハムデン子爵と『元』女優ヘレナ・コール、本名イザベル・ギルフォードとの結婚通知は、社交シーズンたけなわの首都での大きな話題になった。
ハムデン子爵ハリー・ハモンドは一般的に、気さくで冗談好きな、罪のない遊び人と思われていた。 だから彼と表面上の付き合いしかない紳士たちは、上等な賭博場や紳士用高級クラブで記事を読んで、首を振りながら話し合った。
「おやおや、ハムデンのやつがこんなに早く、結婚の罠に引っかかったよ」
「あいつ思った以上に頭が軽かったな。 小ずるい三流女優の一生のカモになるなんて。 ヘレナ・コール? いったい何者だい?」
「うーん、グロスターに最近入ったんじゃなかったかな。 確かに目を引く美人だが、まだまだこれからという若手だ。 彼女本当にうまくやったよ。 同僚にうらやましがられているだろうな」
ヘレナは世間の反応がわかるので、社交界にお披露目〔ひろめ〕するのをためらっていた。 だがハリーはきっぱりと言った。
「面倒なことは早めに済ませるに限る。 それに体が大きくなってからでは面倒になるし、来年では子育て真っ最中で、君も僕も披露パーティーなんて考えるのも嫌になってるよ」
「あら、あなたも子育てしてくれるの?」
冗談のつもりでヘレナが言うと、ハリーは真顔で妻の腹部をそっと撫で、耳元で囁いた。
「するとも。 もう気持ちの上では予行演習をしてるんだ。 最初に船着場で君を見失った後に、もし子供ができていたらと考えた。 そうしたら胸が苦しいような甘いような気持ちになって、いろんな像が頭に浮かんできた。 若い母親になった君と、腕に抱かれた赤ん坊とか。
母は弟を産むとき、一緒に亡くなってしまった。 父はその二年後、僕が大学に行っている間に風邪をこじらせて死んだ。 だから十七のとき以来、この家は僕と使用人しか住んでいない。
ずっと心を許せる家族が欲しかった。 両親は仲良しで、僕をかわいがってくれたからね。 二人がいなくなってどんなに寂しかったか」
初めてハリーの事情を知って、ヘレナはたまらなくなって夫の胴に腕を回した。 ハリーもすぐに両腕を上げて、妻を胸の中に抱きこんだ。
「君が若すぎて、母のようになるんじゃないかと怖かった。 悪夢を見て飛び起きたこともあったよ。 だから不安を少しでも鎮めるために、子供部屋を用意した」
「え?」
ヘレナはびっくりした。
「ここに? 四年前?」
ハリーは笑いになりきらない微妙な表情を浮かべて、ヘレナを誘った。
「おいで。 見せてあげる」
彼の言葉は本当だった。 三階に続き部屋として作られた広い子供部屋は塗りなおされ、真新しいレースの天蓋付きの揺りかごが設置されて、横の棚にはピカピカの絵本やおしゃぶりなどが、きちんと列をなしていた。 部屋の奥には埃よけに白い布を被った木馬まであった。
しみじみと部屋を眺めわたしながら、ハリーは言った。
「あのとき君が見つかったら、ここを見せるつもりだった。 そうしたら、変装していたことや、やむなく君を奪ったことを許してくれるんじゃないかと願った」
「恨んでなんかいなかったわ」
ヘレナは中に足を踏み入れて絵本を開き、次に木馬の布を取って艶のある背中を撫でた。 これも新品のようだ。 綺麗好きなハリーは、すべてを買い換えたらしい。
そういえば、下の衣装箪笥の中身も全部新品だったっけ。 非難する気はなかったにしろ、ヘレナは少し彼をからかいたくなった。
「みんな新しいのね。 前に私が借りたドレスと同じ」
「あれは……」
ハリーは唇を噛み、ついで笑い出した。
「もう君は秘密を知っているから、全て白状するよ。 あれは一夜の愛人用じゃない。 この家には出入り口が五箇所あって、二つは秘密通路だ。 諜報員たちはそこから出入りする。 中にはうちで着替えて出かけたり、逃げ込んで姿を変える者もいる。 あの箪笥と化粧室は、そういう女性用に使っていたんだ」
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